第1回:プロローグ ―― 現場主義の自分

2014.09.03 エッセイ

行くべき場所へ

音信不通だった旧友のロシア人、Sから電話があったのは、桜の開花予想が聞かれはじめた頃だった。

「クリミアに取材にきて、く~ださい。“美人すぎる検事総長”のインタビュー、ヤヌ~キさんが望むなら、すぐ~に実現でござる。ふ~ッ、ふふッ……」

初めてSに会ったのは、旧ソ連時代の、真冬のハバロフスクだった。
こいつ、間違いなくKGB(国家保安委員会)だよな、と警戒したくなる風貌で私の前に現れ、その夜に乗ったシベリア鉄道の寝台車で、ウオッカをがぶ飲みしながら「わた~しは、KGBではあり~ません」って怪しさ全開だった。その彼が久しぶりに連絡をしてきたと思ったら、「クリミアに来い」とは、これいかに。

ロシア編入をめぐる住民投票がうんぬんされている時期である。ろくでもない思惑が背後にあると察して気持ちが後ろ向きになる私。その直観を、逆に察した彼は、「ふ~ッ、ふふふ……」と例の調子で意味深に笑い、そして、こう言って私の心を揺さぶるのだった。

「ヤヌ~キさんもジャーナリストの端くれなら(ジャーナリストじゃねぇし)、現場に駆けつけるべきで~す」

「わた~しの美人の妻も言っておる。『ヤヌ~キさん、クリミアの現場が呼んでいるでスパシーバ』と」

そうなのだ。彼の奥さんは美人なのだ。
そうなのだ。彼ら夫婦が言うとおり、現場が俺を呼んでいるのだ。
Sの電話で“現場主義の自分”を思いだした私だった。

俺、現場に行かなくちゃ――と。

というわけで、ここから始まる『現場が俺を呼んでいる』。でも、クリミアに行くつもりはまるでない。行くべきは、もっと気軽で楽しい場所。記念すべき最初の現場は「圏央道」である。

2014年6月28日に高尾山ICから相模原愛川ICまでの区間14.8kmが新たに開通し、たとえば関越自動車道と圏央道が交差する鶴ヶ島ICからであれば東名高速道路の海老名ICまでストレートで行くことができるようになった圏央道なのである。
実を言うと、圏央道にはいい印象を抱いていない私なのだ。その私が現場に向かったのは、先の14.8kmが開通した1週間後のことだった。

(文=矢貫 隆)

足尾銅山取材の現場にて

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矢貫 隆

矢貫 隆

1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。