第362回:お気に入りのラジオ局が突然「消滅」! イタリア地方局の悩み

2014.08.29 エッセイ

民放がなかった国

今回はドライブに欠かせないラジオ局にまつわるお話。
イタリア公営放送「RAI」は、テレビ同様ラジオも放送している。NHKに第1・第2があるように、RAIのラジオ放送もいくつかある。第1・第2は全国、第3は各州に的を絞った内容だ。参考までに公共放送といっても、他の欧州諸国のものと同様に、CMが入る。
RAIは別の周波数で「イソラジオ」という名前の交通情報専門放送も行っている。完全な路側放送である日本のハイウェイラジオと違って全国放送だから、高速道路から離れていても聴ける。民間放送に目を移してみよう。

同名の経済新聞社が運営している「イル・ソーレ24」は、ニュース専門局だ。カトリック系放送の「ラジオ・マリア」も有名である。説教のほか、時間によってはひたすら「お祈り」を流している。実は、これを聴きながらもアグレッシヴな運転をしているイタリア人ドライバーがいるかと思うと、ちょっと笑えてくる。

イタリアのラジオはFMが主流で、前述の局もすべてFMで聴ける。背景にはイタリアにおける放送局の歴史を知る必要がある。
この国では、テレビもラジオも公営放送RAIによって長年独占されてきた。つまり、民間のラジオ局を開設することはできなかったのである。そのため1960年代半ばには、「ラジオ・モンテカルロ」がモナコからイタリアのリスナー向けにイタリア語放送を行い、RAIが電波差し止めの訴えを起こすといった事件さえ起きた。そうした状態は1976年、憲法裁判所がRAIの電波独占に対して違憲判決を出すまで続いた。

民間にラジオが解禁された後、雨後のたけのこのように誕生したのは、無数の地方FM局だった。放送設備を比較的安価に整備することができたためである。今日でもラジオのスイッチをオンにすれば、無数ともいってよいFM放送が飛び込んでくる。そうした流れを受けて、FMが主流になったのである。

ちなみに放送電波の民間解禁後、テレビに関していえば、前身の建設業で得た資金をもとに、イタリア初の全国放送民間テレビ局を開設して大成功を収めたのは、あのベルルスコーニ元首相であった。

以前紹介したシエナのリサイクル店に埋もれていた、古い家庭用ラジオ。選局表示窓の部分には「Tokyo」の文字も。自国の放送局数が限られている頃、ラジオに夢の翼を託した人々の気持ちがうかがえる。
1963年型「フォルクスワーゲン・ビートル」のブラウプンクト製ラジオ。4バンドが受信できる。

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大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト。国立音楽大学ヴァイオリン専攻卒にして、二玄社『SUPER CG』元編集記者、そしてイタリア在住20年という脈絡なき人生を歩んできたものの、それだけにあちこちに顔が広い。今日、日本を代表するイタリア文化コメンテーター。10年以上にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストをはじめラジオでも活躍中。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『カンティーナを巡る冒険旅行』『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(ともに光人社)、電子書籍『イタリア式クルマ生活術』(NRMパブリッシング)など数々の著書・訳書あり。