第376回:小林彰太郎氏はナウかった! 没後1周年寄稿(後編)

2014.12.05 エッセイ

社内での小林さん

前回に続き、2013年10月に逝去した小林彰太郎『カーグラフィック』初代編集長の思い出話をお届けしよう。今ふうに言えば「俺の心のショータロー」(「俺のイタリアン」調に!?)である。

小林さんは読者にとっては、これまた今ふうに言うところの「ネ申」であったが、刊行元であった二玄社の社内での振る舞いは、極めてさりげなかった。昼食も別段、気取ったところに行くわけではなかった。例えば編集部が水道橋駅に近い神田・三崎町にあった頃は、近所の「豊年屋」というそば屋さんにわれわれとともに行ったものだ。

そばといえば、小林さんはあるジンクスを信じていて、ボクにもしきりに勧めた。

国外出張の際「出発前に成田空港の食堂で排骨麺(パーコーメン)を食べないと、預け手荷物のトラブルに巻き込まれる」というものだった。

常に理路整然とした文章をつづり、迷信とは無縁と思われた小林さんが繰り返していたのは、近づきがたいムードを緩和するための自己演出だったのか、本当に荷物がターンテーブルから出てこなくて困った思いをしたのか、今となっては知る由もない。

あまりに振る舞いがさりげなさすぎて、困ったこともあった。
その一例が、カーグラフィックのカメラマンの採用実技試験だった。筆者自身は立ち会わなかったが、方法は受験者を箱根のある地点に連れてゆき、走行中のクルマを撮影させるというものだった。
ところが当日、受験者をシャトル送迎するクルマを運転する編集部員が足りなくなってしまった。そのとき、小林さんが助っ人を買って出てしまったのだ。
小林さん自身は何の気なしの行為だった。だが、受験者はただでさえ固くなっていたところに、「あの名エディター」の助手席に突如乗せられ、緊張は見るからに極限に達していたらしい。

『SUPER CG』編集記者時代の筆者と小林彰太郎氏。取材協力者の方が撮影してくださったもの。
『SUPER CG』編集記者時代の筆者と小林彰太郎氏。取材協力者の方が撮影してくださったもの。

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大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト。国立音楽大学ヴァイオリン専攻卒にして、二玄社『SUPER CG』元編集記者、そしてイタリア在住20年という脈絡なき人生を歩んできたものの、それだけにあちこちに顔が広い。今日、日本を代表するイタリア文化コメンテーター。10年以上にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストをはじめラジオでも活躍中。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『カンティーナを巡る冒険旅行』『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(ともに光人社)、電子書籍『イタリア式クルマ生活術』(NRMパブリッシング)など数々の著書・訳書あり。