第392回:マラネッロの「フェラーリ宿」がすごいことになっている

2015.04.03 エッセイ

マラネッロの新しいホテル

イタリアでは先週末2015年3月29日から夏時間に切り替わった。続いて今週末はイースター休暇だ。毎年、この時期から多くの観光客が国境を越えて訪れるようになる。バカンスシーズンの幕開けだ。

マラネッロのフェラーリ博物館「ムゼオ・フェラーリ」や、モデナのエンツォ・フェラーリ博物館「ムゼオ・エンツォ・フェラーリ」も、これからにぎわいを増す季節である。参考までに、エンツォ・フェラーリの生家を公開している後者は、2014年に前者同様フェラーリ傘下となった。おかげで展示内容の充実が図られたほか、両博物館を結ぶシャトルバスや共通入場券もスタートした。

少し前、取材でマラネッロを訪れることになったときのことである。共に仕事をするイタリア人フォトグラファーとは、ホテルで落ち合う段取りだった。取材依頼先が手配してくれたホテルの名前は「マラネッロ・ビレッジ」である。ストリート名を調べると、Viale terra delle Rosseだった。「赤い大地通り」という意味である。
マラネッロのあるエミリア・ロマーニャ州は、イタリアでも政治的に左派勢力が強い地域である。「赤」とはそれを指しているのか? というジョークも思いついたが、そうではなくてフェラーリのお膝元であることを意識したことは明らかだ。同時に、イタリアではどの街でもそうだが、歴史的背景が薄いストリート名は、近年開発された地域である。新しい地図に記されていないことがままある。

その予想は的中した。当日現地に向かうためボクが乗った2008年型のクルマに付いていた純正カーナビデータには「赤い大地通り」は入ってなかったのだ。頼みの綱であるグーグル地図も、スマートフォンの通信状況が悪くて、うまく動作しない。そのうえ雨ときた。道端のアジップ給油所にいたおじさんに尋ねた頃には、すでに「赤い大地通り」に至る分岐から数km通り過ぎていた。
別にやってきたイタリア人フォトグラファーも、自分のクルマに装着しているトムトム(注:欧州で普及している後付け簡易ナビ)の地図データには入ってなかったらしい。散々迷ったあげく、ボクより1時間以上遅れて到着した。

マラネッロのフェラーリ博物館「ムゼオ・フェラーリ」。一部は結婚式や大学の卒業祝いなどセレモニーにも貸し出されている。
マラネッロのフェラーリ博物館「ムゼオ・フェラーリ」。一部は結婚式や大学の卒業祝いなどセレモニーにも貸し出されている。
モデナにあるエンツォ・フェラーリ博物館「ムゼオ・エンツォ・フェラーリ」。右の建物はエンツォの父親アルフレード・フェラーリが鉄工所を営んでいた生家。左は展示ホール。
モデナにあるエンツォ・フェラーリ博物館「ムゼオ・エンツォ・フェラーリ」。右の建物はエンツォの父親アルフレード・フェラーリが鉄工所を営んでいた生家。左は展示ホール。
生家にて。1階の鉄工所と2階家屋をつなぐ階段。エンツォも、ここを昇り降りしていたのだろう。
生家にて。1階の鉄工所と2階家屋をつなぐ階段。エンツォも、ここを昇り降りしていたのだろう。
「ムゼオ・エンツォ・フェラーリ」はフェラーリ傘下となったあと改装が行われ、生家の1階には常設展として、往年のモデルが並べられている。
「ムゼオ・エンツォ・フェラーリ」はフェラーリ傘下となったあと改装が行われ、生家の1階には常設展として、往年のモデルが並べられている。

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大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト。国立音楽大学ヴァイオリン専攻卒にして、二玄社『SUPER CG』元編集記者、そしてイタリア在住20年という脈絡なき人生を歩んできたものの、それだけにあちこちに顔が広い。今日、日本を代表するイタリア文化コメンテーター。10年以上にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストをはじめラジオでも活躍中。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『カンティーナを巡る冒険旅行』『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(ともに光人社)、電子書籍『イタリア式クルマ生活術』(NRMパブリッシング)など数々の著書・訳書あり。