第14回:自転車――改正道交法が語る“意味”(その3)
自転車ナビラインを見に行く

2015.06.24 エッセイ

背景

自転車対策としての改正道交法の一部が施行(2015年6月1日)されるおよそ3カ月前、2月27日のニュースが盛んに報じたのは、東京・世田谷の上馬交差点を中心にした国道246号線に設置された「自転車ナビライン」だった。

自転車ナビライン?
いったい、それは!?

そう問われたら、6月1日に施行された改正道交法に込められた意味(ただし私なりの分析と解釈)を語るには避けて通れない話なのだと答えるが、その“避けて通れない話”を語るには、まず「自転車通行環境整備のモデル地区」の話から始めるべきかもしれない。

10年ほど続いた“第2次交通戦争”とかいわれた時代(=1990年前後)の後、交通事故死者数は激減傾向を続け、わずか20年で半減(第1次交通戦争の時代から比べれば3分の1以下)するのだけれど、まさにその半減した年(=2008年)、警察庁と国土交通省が合同で「自転車通行環境整備のモデル地区」(全国に98カ所)の整備を進めよう、となった。全体としてみれば交通事故はこんなに減少しているというのに、自転車がらみの事故が激増していたからだった。自転車と歩行者が接触する事故は10年前の4.8倍にもなっていたのだ。

このままじゃ、まずい。

警察庁と国交省はそう考えたのだと思う。すでに「静かな自転車ブーム」は通り過ぎ、時代は「自転車ブーム」になっていた。自転車対策を急がねばいけない。そう判断しての「自転車通行環境整備……」だった。全国の道路総延長は約120万kmで、自転車走行空間はそのうちの7万9000kmほどだというのだが、そのくせ、歩行者と自転車が分離された走行空間、つまり「自転車道」は約2500km(現在は約3000km)、率にして3%しかないのだから。

そして、東日本大震災である。

あの大震災を機に自転車ブームが一気に過熱していったのは知ってのとおり。経済活動も自転車ブームも“過熱”はマズイ。負の副作用を起こし、それが現在の自転車問題なのである。

自転車ナビラインが都内の交差点に登場したのは大震災からちょうど2年後の、2013年3月12日だった。まず港区の札ノ辻交差点と文京区の千石一丁目交差点に設置され、ようやくここで話は最初に戻るのだけれど、今年の2月27日に、世田谷区の上馬交差点を中心にした国道246号線に自転車ナビラインが設置されたのだった。

国道246号線の「自転車ナビライン」。
東京・世田谷の上馬交差点にて。青色の矢羽根型法定外表示は、自転車の走行ラインを知らせるもの。

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矢貫 隆

矢貫 隆

1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。