第409回:オペル、オペル、オペルだらけの街を訪ねて

2015.07.31 エッセイ

本社は駅前!

自動車工場に近い小学校では、そこで社会科見学をするのが定番だ。
「ペリメーターフレームを採用していたころの『トヨタ・クラウン』の工場を見た子供は、一生モノコックボディーを知らないんじゃないか?」というツッコミもできる。しかし見学先が「コーラ工場」で、記念品はボトルを模したキーホルダーだったボクとしては、どんな車種であれ自動車工場を見学できる子供はうらやましいかぎりであった。その反動からか、大人になった今も、自動車メーカーの歴史展示コーナーや工場見学が好きである。

先日フランクフルトに赴いたとき、ふと思い出したのは、郊外のリュッセルスハイムにオペルの本社および工場があることだった。ボクが初めてそこを訪ねたのは、20年近く前のことだ。創業者アダム・オペル像が建っていて、背後にはれんが造りのオペル本社があった。それはリュッセルスハイムの、まさに駅を出てすぐのところにあった。英会話の「駅前留学NOVA」のごとく、こんな駅前に本社がある自動車会社は、ボクが知るかぎり欧州でほかになかった。本社屋の一角には「オペルフォーラム」と称するショールームがあって、ちょっとしたデザインコンセプト解説のパネルなどもあったものだ。

再びリュッセルスハイムを訪れたのは、それから数年後のことであった。すると線路をくぐった反対側の建物に歴史展示コーナーができていた。そこには、ピックアップされた歴代車両のほか、オペル草創期の製品であるミシンや自転車が展示されていた。一角にあるカウンターは工場見学ツアーの集合場所も兼ねていることに気づいたが、残念なことにその日のツアーは数分前に出発してしまっていて、泣く泣く諦めたのを覚えている。

リュッセルスハイム駅前にて。オペル旧本社と創始者アダム・オペル像(1837-1895)。彼はこの街で生まれ、この街で世を去った。
リュッセルスハイム駅前にて。オペル旧本社と創始者アダム・オペル像(1837-1895)。彼はこの街で生まれ、この街で世を去った。
旧本社の正門を入ったところには、「アダム広場」というプレートとともに、今もアダム・オペルのレリーフが掲げられている。すでにオペルは建物の所有権を売却しているが、登記上の本社所在地は、いまなおここにある。
旧本社の正門を入ったところには、「アダム広場」というプレートとともに、今もアダム・オペルのレリーフが掲げられている。すでにオペルは建物の所有権を売却しているが、登記上の本社所在地は、いまなおここにある。
旧本社の壁際に貼られたプレート。文末にアダム・オペルとあるので「創業者による金言格言の類か?」と思って読んだら、正式な社名ADAM OPELとともに記された単なる「二輪車放置禁止」の警告だった。
旧本社の壁際に貼られたプレート。文末にアダム・オペルとあるので「創業者による金言格言の類か?」と思って読んだら、正式な社名ADAM OPELとともに記された単なる「二輪車放置禁止」の警告だった。
駅から伸びるリュッセルスハイムの商店街。当世人気の格安衣料品店「キック」こそ進出しているものの、空き店舗が散見されるところからして、以前はもっと活気があったのだろう。
駅から伸びるリュッセルスハイムの商店街。当世人気の格安衣料品店「キック」こそ進出しているものの、空き店舗が散見されるところからして、以前はもっと活気があったのだろう。

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大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト。国立音楽大学ヴァイオリン専攻卒にして、二玄社『SUPER CG』元編集記者、そしてイタリア在住20年という脈絡なき人生を歩んできたものの、それだけにあちこちに顔が広い。今日、日本を代表するイタリア文化コメンテーター。10年以上にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストをはじめラジオでも活躍中。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『カンティーナを巡る冒険旅行』『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(ともに光人社)、電子書籍『イタリア式クルマ生活術』(NRMパブリッシング)など数々の著書・訳書あり。