第20回:ラウンドアバウト――環状交差点の“今”を見に行く(その3)
交通量とネコの散歩
2015.11.05
矢貫 隆の現場が俺を呼んでいる!?
ゆずれ
交差点直近の路面に書かれていたのは「止まれ」ではなく「ゆずれ」だった。
ラウンドアバウト(環状交差点)を通るのは初めてだというのに、戸惑いも違和感もまるでないものだから、その新鮮さに気がつくこともなく走り抜けてしまった私なのである。
あれッ!?
俺、何か見落とした?
ちょっと心配になったけれど、同じ道の、東和町のラウンドアバウトからほんの300mほど延長線上にもうひとつ、吾妻町のラウンドアバウトが。
路面に「ゆずれ」と大書きしてあって、交差点の直前には逆三角形の交通標識に、やはり「ゆずれ」と書いてある。
ラウンドアバウトの形状には特段の感情は湧かなかったけれど、この「ゆずれ」の新鮮さには、グッ、ときた。
「ゆずれ」
見たことありそうで、その実、初めて目にする交通標識。えっと、と考えて思いだした。「徐行」や「前方優先道路」を示す赤枠の逆三角形の標識だ。あれには「徐行」と書いてある。それと同じ格好、色合いの、ひらがなで「ゆずれ」と記したのがラウンドアバウトを知らせる交通標識。どうりで、おやッ!? となるわけだ。
「ゆずれ」とあるから譲る気は満々だったが、しかし、譲ろうにもクルマがぜんぜん走ってない。そのまま交差点に進入である。いつでも止まれるくらいのスピードに落としてはいるものの、それでも“止まらずに交差点に進入”に違いないわけで、すると、運転している当の私の胸の内に「ほんとにいいの?」という思いが湧いてきた。交差点を通過しながらこんな気持ちになるのも、また、新鮮だった。
クルマが走ってないのをこれ幸いと、環道をぐるぐる回ってみた。ラウンドアバウトをいっぺん抜けて、また戻って通過もしてみた。近所の人が見ていたら、なんだ、コイツ!? と思ったに違いない。
決して赤信号で停止することなく通過できる交差点。一時停止なしで通過できる交差点。まるでストレスを感じることがない交差点。
ラウンドアバウト、これ、いいかもしれない。
走ってみての、第一印象である。
1万台
改正道交法が施行された日、つまり、1年と少し前、環状交差点がニュースで報じられた2014年9月1日の時点での私はラウンドアバウトの現場を見てはいなかったけれど、それでも、ラウンドアバウトの肝は交通量だろう、とは予想していた。
昔も今も、交通事故は、その6割ほどが交差点と交差点付近で発生している。進行方向も速度も異なる車両が交わる場所ゆえに、そこには事故を発生させる要素がたくさん生じることになる。それが事故多発の大きな理由のひとつなのだ。ということは、見方を変えれば、みんなが同じ方向に進むラウンドアバウトは、その形状だけで事故発生の要素を大きく減らしている、となる。国土交通省が「ラウンドアバウト検討委員会」を設置(第2回参照)するに当たって「交通事故削減のための取り組みとして」との言葉を使ったのは、そういう意味をふまえてのことだと私は受け取った。
だけど、なのである。
ラウンドアバウトが「その形状で事故発生の要素を減らしている」と言えるのは交通量にもよる、と考えるべきなのだ。
吾妻町のラウンドアバウトをじっくり観察してみた。
ここは変形5枝の交差点(写真参照)で、1日の交通量は1万台とちょっと(ラウンドアバウト化に向けた計画段階での推計は1万台。つまり推計どおりの交通量)。
日交通量1万台。
数字だけではイメージが湧かない?
要は、あんまりクルマが通っていない道である。かと言って、ぜんぜん通ってないわけじゃない。ネコが散歩にでて道路を横断しても、まずひかれる心配をしなくても無事にうちに戻ってくるだろうと言える程度の交通量の道が5本、環道に向かって集まっている。と、こんなふうに説明したら、よけいにわかりにくい?
10分くらい観察していると、ぜんぜんクルマがやってこないときがあった。かと思えば、いくつかの道路から2~3台が連なって交差点に進入してきて、多いときには環道を3台くらいのクルマが走り、さらに2台が進入しようとしている、と、そんなときもある。10分の間に、こんな光景を何回か繰り返しているのが「1万台」である。
この程度の交通量だからうまく機能している。東和町や吾妻町のラウンドアバウトの日交通量が3万台も5万台もあったら、あるいは都心並みの交通量だったりしたら、前述の、私の第一印象、これ、いいかもしれない、とはいかないだろう。ラウンドアバウトを中心に渋滞が確実に発生するし、一般的な交差点で起こっているのとはまた違った形態の交通事故が間違いなく多発することになるからだ。
東和町と吾妻町のラウンドアバウト、ちょうどいい感じ。
(文=矢貫 隆)

矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
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