第321回:スパ・フランコルシャンにロータリーの咆哮再び
2台の「マツダR100」がスパ・クラシックレースに出場

2015.10.31 エッセイ
あれから40余年を経てマツダの「R100」がスパ・フランコルシャンサーキットで強豪を相手に戦った。
あれから40余年を経てマツダの「R100」がスパ・フランコルシャンサーキットで強豪を相手に戦った。

今から45年前、ロータリーエンジンを搭載するマツダの「R100(日本名ファミリア ロータリークーペ)」が1970年のスパ・フランコルシャン24時間レースに出場し、一時は総合首位に立つという忘れられない一幕があった。時は流れて2015年、日本のジェントルマンドライバーが2台のR100を従えて、40余年前の記憶と長年抱き続けた夢とともにスパのコースに立った。

「スパ・マスターズ 70'sセレブレーション」レースに出場した2台の「R100」。
「スパ・マスターズ 70'sセレブレーション」レースに出場した2台の「R100」。
133号車をドライブした2人のドライバー。左が2台のオーナーである加藤 仁さん、右が杉山栄一さん。車両だけでなく、レーシングスーツなども当時のものを忠実に再現している。
133号車をドライブした2人のドライバー。左が2台のオーナーである加藤 仁さん、右が杉山栄一さん。車両だけでなく、レーシングスーツなども当時のものを忠実に再現している。
31号車のステアリングは、マツダの前田育男デザイン本部長が握った。
31号車のステアリングは、マツダの前田育男デザイン本部長が握った。
最終コーナーのシケインを行く133号車。
最終コーナーのシケインを行く133号車。

いつか見た憧れのサーキット

グランプリの華はモナコ、スポーツカーの耐久レースの頂点ならルマン24時間、では“ハコ”すなわちツーリングカーレースの聖地はといえば、やはりスパ・フランコルシャン24時間レースではないだろうか。1924年初開催とルマンと同じぐらいの長い歴史を誇るが、私のような50代やひと回り上の団塊の世代にとっては、アルファ・ロメオやBMW、ポルシェなどが暴れまわった1960~70年代のレースシーンが脳裏によみがえるはずだ。わずかな情報を伝える雑誌記事を見て遠いヨーロッパを夢想し、いつか自分もこの眼で見たい、できることなら同じ舞台に立ちたい、と憧れた若き日の夢をかなえたうらやましい人物がいる。

去る9月20日にスパ・フランコルシャンで開催されたヒストリックカーによるスパ6時間レースのサポートイベントに遠征した加藤 仁さんがその人だ。加藤さん率いるチームは、当時のマシンを忠実に再現した2台のファミリア ロータリークーペで参戦、レースイベント期間中は悪名高い“スパ・ウェザー”と言うべき突然の雨にたたられたものの2台とも完走を果たし、45年来の夢を実現したのである。

折しも今年は「マツダ・コスモスポーツ」の市販プロトタイプが東京モーターショーに出品されて50年という節目に当たる。マツダは1968年に初のRE搭載市販車であるコスモスポーツで「マラソン・デラ・ルート」(ニュルブルクリンク84時間耐久レース!)に初挑戦。続いて1969年と70年にはファミリア ロータリークーペでスパ24時間に出場、10Aロータリー×2の1リッターに満たない小さなエンジンながら、「ポルシェ911」などを相手に健闘し、69年は5&6位、70年は5位に入っている。そしてマツダはルマン24時間へと駒を進める。若き加藤 仁青年がヨーロッパでの日本車の活躍に胸躍らせていたころ、マツダはロータリーエンジンの可能性を証明する長い長い苦闘の歴史に歩み出したのである。

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