第218回:嗚呼、さすらいのレンタカー男

2011.11.04 エッセイ

第218回:嗚呼、さすらいのレンタカー男

なんて便利なレンタカー

レンタカーが大好きである。
17、8年前、東京の国立市でひとり暮らしを始めたときのことだ。しばらくは駐車場を借りて自分の「ビュイック・パークアベニュー」を止めていたが、家財道具一式をそろえたら駐車場代に事欠くようになり、まもなく売ってしまった。それでもクルマがなくなった不便さはまったく感じなかった。ひとつは住まいが駅近くだったこと、もうひとつは歩いて5分くらいのところにレンタカー屋さんがあったためだ。

実際はレンタカーなど使わなくても、当時勤めていた会社の社有車を借りれば、タダだった。だが、翌日中央道−首都高速4号線の慢性渋滞を避けるため早朝出発するのが面倒だったのと、万年ヒラ社員だったボクは上司に頭を下げてクルマを借りるのが嫌だったのである。
また、社有車の1台「クーペ・フィアット」が週末ちょうど空いていても、お寺で供養してもらう仏壇が載せられるだけのトランク容量しかなく断念した、なんていうこともあった。

したがって当時は、2代目「日産マーチ」といった最低グレードで、かつたくさん荷物が載るレンタカーを毎週末のように借りていたものだ。今になってみれば日本独特の6時間、12時間貸しシステムも経済的でありがたかった。

そんなボクである。ヨーロッパ圏内を旅することが多い今も、レンタカーを進んで使う。一部のメーカーからは「たまには広報車も使ってください」とありがたい申し出を頂く。だがアポもいらず空港でポーンと乗れてポーンと返せて時間に無駄がないこと、たとえ車内にポテトチップの破片を散乱させてしまってもあまり恥ずかしくないこと、加えて、最新型やハイグレード車種に興味がないこともあり、ついついレンタカーを選んでしまう。

2011年7月、ロンドン・ガトウィック空港から借り出した「フォルクスワーゲン・ポロ」のレンタカー。
第218回:嗚呼、さすらいのレンタカー男
同じく2011年7月、パリ・オルリー空港から借りてロワール地方に向かった「ルノー・トゥインゴ」
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大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト。国立音楽大学ヴァイオリン専攻卒にして、二玄社『SUPER CG』元編集記者、そしてイタリア在住20年という脈絡なき人生を歩んできたものの、それだけにあちこちに顔が広い。今日、日本を代表するイタリア文化コメンテーター。10年以上にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストをはじめラジオでも活躍中。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『カンティーナを巡る冒険旅行』『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(ともに光人社)、電子書籍『イタリア式クルマ生活術』(NRMパブリッシング)など数々の著書・訳書あり。