インディ500で優勝した佐藤琢磨が凱旋帰国

2017.06.13 自動車ニュース
およそ1週間の一時帰国の中、東京・青山で報告会に臨む佐藤琢磨。
およそ1週間の一時帰国の中、東京・青山で報告会に臨む佐藤琢磨。

2017年6月13日、インディアナポリス500マイルレース(同年5月28日開催)で優勝した佐藤琢磨選手の凱旋(がいせん)報告会が、東京・青山のHondaウエルカムプラザ青山で行われた。

会場で放映された、今回のインディ500を振り返る映像から。レース終盤、首位に立った佐藤(写真左)が、優勝に向かってラストスパートをかける。
会場で放映された、今回のインディ500を振り返る映像から。レース終盤、首位に立った佐藤(写真左)が、優勝に向かってラストスパートをかける。
インディ500に優勝した瞬間から佐藤は、「自分の体が自分のものではなくなった」というくらい多忙なスケジュールをこなしてきた。「レース後もドライビングスーツのまま20本近くのライブインタビューを受け、写真撮影に続けて深夜のフライトでニューヨークにわたり、11時間のメディアツアー。レストランでも一般客から「おめでとう」と声をかけられ、店のはからいで(ウィナーが飲むことになっている)ミルクが出されて……」と、報告会でも数々のエピソードを披露してくれた。
インディ500に優勝した瞬間から佐藤は、「自分の体が自分のものではなくなった」というくらい多忙なスケジュールをこなしてきた。「レース後もドライビングスーツのまま20本近くのライブインタビューを受け、写真撮影に続けて深夜のフライトでニューヨークにわたり、11時間のメディアツアー。レストランでも一般客から「おめでとう」と声をかけられ、店のはからいで(ウィナーが飲むことになっている)ミルクが出されて……」と、報告会でも数々のエピソードを披露してくれた。

インディカーシリーズ8年目の栄冠

「佐藤琢磨、インディ500初優勝」のニュースに触れ、久々に彼の名前を見聞きした人は多かったかもしれない。

2002年から2008年までF1ドライバーとしてGPに参戦。2004年シーズンにはBARホンダを駆り、第9戦アメリカGPで3位表彰台を獲得。鈴鹿サーキットでの日本GPでも、デビューイヤーにジョーダン・ホンダを5位入賞に導くなど活躍を見せた。しかし2008年シーズン途中、所属していたスーパーアグリチームの撤退によりシートを失い、レーシングドライバーとしては1年以上の“浪人生活”を送った。

そんな佐藤が新たな活路を見いだしたのが米インディカーシリーズだった。北米オープンホイールレースのトップカテゴリーに参戦して8年目の今年、「インディ500優勝」という、世界中のレーシングドライバーが憧れるビッグタイトルとともに佐藤が凱旋した。

「この優勝は僕自身にとって大きな意味を持ちますが、まずはこのここまで僕をずっと応援してくださったホンダやスポンサー、そして何よりファンの皆さまへの感謝の気持ちを伝えたい」と切り出した佐藤の言葉は、社交辞令というより、こうした長いキャリアの中で経験してきたこと、その過程でまわりから得てきた恩を返したいという強い気持ちの表れだった。

インディ500のハイライト映像から。優勝を決め、シャンパンの代わりにインディ500の伝統となっているミルクを飲む佐藤琢磨。
インディ500のハイライト映像から。優勝を決め、シャンパンの代わりにインディ500の伝統となっているミルクを飲む佐藤琢磨。
背景の映像に見られる通り、今回の優勝賞金は245万8129ドル(約2億7000万円)。ただし、全額がドライバーの手にわたるわけではない。佐藤は自分の取り分を使って、チームスタッフにプレゼントを贈る予定だそうだ。
背景の映像に見られる通り、今回の優勝賞金は245万8129ドル(約2億7000万円)。ただし、全額がドライバーの手にわたるわけではない。佐藤は自分の取り分を使って、チームスタッフにプレゼントを贈る予定だそうだ。
こちらは、元世界王者で現役F1トップドライバーのフェルナンド・アロンソ。今回のインディ500では、F1のモナコGPを欠場しての彼の参戦に注目が集まったが、残り21周でエンジントラブルのためにリタイアとなった(写真はリタイア直後の様子)。佐藤はレース前のアロンソとの会話で、「インディはそんなに甘くはないよ」と思ったという。アロンソは「トラフィックの中は怖いからとにかく先頭を走るよ」とコメント。先頭を走るとドラッグ(空気抵抗)も増え、燃費は大いに悪化し、レース運びで不利になるという先輩・佐藤からの助言に、元F1チャンピオンは「燃費はいいんだよ」と言い切ったとか。「そんなフェルナンドらしい走りに、観客も魅了されたと思います」と佐藤は語る。
こちらは、元世界王者で現役F1トップドライバーのフェルナンド・アロンソ。今回のインディ500では、F1のモナコGPを欠場しての彼の参戦に注目が集まったが、残り21周でエンジントラブルのためにリタイアとなった(写真はリタイア直後の様子)。佐藤はレース前のアロンソとの会話で、「インディはそんなに甘くはないよ」と思ったという。アロンソは「トラフィックの中は怖いからとにかく先頭を走るよ」とコメント。先頭を走るとドラッグ(空気抵抗)も増え、燃費は大いに悪化し、レース運びで不利になるという先輩・佐藤からの助言に、元F1チャンピオンは「燃費はいいんだよ」と言い切ったとか。「そんなフェルナンドらしい走りに、観客も魅了されたと思います」と佐藤は語る。

残り5周でトップ、「僕には勝算がありました」

参戦歴からすればF1を超えたというインディカーシリーズだが、順風満帆というわけではなかった。比較的小規模チームからのエントリーということもあったが、今年のインディ500優勝はシリーズ通算で2勝目。2013年のロングビーチでの勝利以来だった。

2012年のインディ500の最終ラップでは、トップを走るダリオ・フランキッティのインに果敢に飛び込むも、フランキッティの巧みなディフェンスにあいスピン、クラッシュ。涙を飲んだという経験もあった。その時、「インディ500で勝つ難しさを痛感した」と振り返る佐藤に、今年、転機が訪れた。元F1ドライバーでインディシリーズ王者でもあるマイケル・アンドレッティ率いる強豪「アンドレッティ・オートスポーツ」チームに移籍し、パワフルなホンダエンジンを積んだ競争力のあるマシンを手に入れたのだ。

シリーズ第6戦のインディ500では予選4位を獲得。レースではピットストップで順位を落とすこともあったが、500マイル=800kmの長丁場で虎視眈々(たんたん)と優勝を目指し、そして勝負所のラスト5周で、ついにトップに立った。

「そこでいろいろなことを考えました」と佐藤。「インディ500では後ろのマシンがスリップストリームを使いやすいので、トップで逃げ切ることが難しく、最終ラップまで先頭を走りたがらない傾向にあります。だから残り5周でトップに立った時も、チームやファンは『抜かれるのではないか』とすごく心配したと思いますが、僕には勝算がありました」

「残り5周あれば、どんな状況になっても自分で巻き返すことができると思っていたからです。その1周後、あるいは2周後に(2位を走る)エリオ・カストロネベスに抜かれても、様子を見ながらラスト2周で勝負をかけようと。3周後にカストロネベスが仕掛けてきたら、自分に追いつくまでに2周以上を要したということなので、抜かれる可能性のある1コーナーさえ抑えれば、次に追いつく頃にはチェッカーが振られているはずだった」

そうした巧妙な駆け引きや、優勝の喜び、そして難しさを、日本語を通じて聞けるというのも、母国のドライバーが優勝してくれたから。「日本人初優勝」とことわらなくても、インディ500制覇は世界が認める快挙であることに変わりはないのだが、今年で101回目を数える伝統の一戦には、1991年のヒロ松下以来、数多くの日本人ドライバーが挑戦しては敗れ去った歴史が横たわっている。

報告会では、本田技研工業の八郷隆弘代表取締役社長(写真右)も姿を見せ、佐藤の勝利を祝福。記念の品として、スーパースポーツ「NSX」を贈呈した。「これはミニチュアですが、ちゃんと実物を差し上げます」という社長のコメントに、佐藤も大笑い。
報告会では、本田技研工業の八郷隆弘代表取締役社長(写真右)も姿を見せ、佐藤の勝利を祝福。記念の品として、スーパースポーツ「NSX」を贈呈した。「これはミニチュアですが、ちゃんと実物を差し上げます」という社長のコメントに、佐藤も大笑い。
「ホンダNSX」の前で、八郷隆弘社長と佐藤琢磨がフォトセッションに臨む。
「ホンダNSX」の前で、八郷隆弘社長と佐藤琢磨がフォトセッションに臨む。

「ノーアタック、ノーチャンス」

F1からインディへと活動の場を移した佐藤。長きにわたり海外でトップドライバーたちと戦い続けるためのモチベーションについてはこう話す。

「インディカーでも8年間で2勝と、厳しい世界に身を置いていますが、日本から海外に出てトップに立ちたいという気持ちが大きいから続けられます。不安になることもありますが、イチロー選手や海外で活躍する日本人アスリートからも刺激を受け、自分を奮い立たせています」

今から16年前の2001年、同じ青山で開かれたF1デビュー発表会の席で、佐藤は「僕がF1で目標にしていることは勝つことです」と堂々と宣言した。残念ながらその夢はかなわなかったが、今も昔も、勝利を求める姿勢にぶれはない。そして今年、インディ500優勝という大金星を勝ち取ることができた。

「ノーアタック、ノーチャンス」は、いまや欧米メディアの間でも有名になった佐藤のモットーだ。2012年のようにアタックして失敗することもあるが、挑戦をしなければ勝つチャンスすら得られないのだ。

40歳になった佐藤の次なる目標は「今年インディカーのシリーズタイトルをとること」。現在選手権3位と好位置につけており、「秋の(F1の)日本GPの時には新たな優勝報告ができるようにしたい」と力強く語った。彼の挑戦の日々はまだ続きそうである。

(文=bg)

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