ホンダ栄光のレーシングマシン、もてぎで復活

2011.06.24 自動車ニュース
走行確認テストに備える3台のF1マシン。手前から「マクラーレン・ホンダMP4/6」、「RA300」、そして「RA272」。
【Movie】ホンダ栄光のレーシングマシン、もてぎで復活

ホンダ栄光のレーシングマシン、もてぎで復活

2011年6月22日、栃木県茂木町にある「ツインリンクもてぎ」の南コースで、「ホンダコレクションホール 収蔵車両走行確認テスト」が開かれた。

1965年までにロードレース世界GPの50、125、250、350ccクラスを制したホンダは、66年に最後に残された最高峰の500ccクラスに「RC181」で参戦し、見事全5クラスを制覇した。これは翌67年シーズン用の同型車で、空冷並列4気筒DOHC16バルブエンジンは、499.7ccから当時としては常識破りの85psを絞り出した。
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走っては止まり、メカニックにインフォメーションを伝えてアジャストしていく。マシンはホンダのF1参戦2年目、そして1.5リッター最後のシーズンとなった1965年にロニー・バックナムが駆った「RA272」。230ps以上を発生するV12DOHC48バルブ1495ccエンジンを、オートバイのように横向きにミドシップしている。
(走行シーンが動画で見られます)
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■“復活”のデモランに向けて

「ツインリンクもてぎ」内にある「ホンダコレクションホール」は、ホンダ製品を中心とする二輪、四輪、汎用製品など約350台を展示したミュージアムで、1998年にオープンした。
収蔵あるいは展示規模だけなら、これを上回るミュージアムは国内にもあるが、コレクションホールの特徴は、原則として収蔵車両を動態保存、すなわち動かせる状態で保存していることにある。そのためホールのバックヤードには専用のワークショップがあり、専任スタッフが常時整備やレストアに従事しているのだ。

そこで仕上げられた車両を走らせてチェックするのが「収蔵車両走行確認テスト」である。オープン以来、1959年のマン島TT挑戦に始まる栄光の歴史を刻んだレーシングマシンを中心に、年に数回のペースで行われてきた。以前はホームページなどで実施を告知していたが、数年前からは告知を中止していた。コレクションホールとしては、あくまでテストを公開するという認識だったのだが、次第にイベント化してきて、本来の目的であるテストの進行に影響を与えるようになってしまったからだという。

たとえば、走行予定とリストに記されていた車両に不具合が発覚して、走行を中止したとしよう。すると告知を見てやってきた来場者から不満の声が上がり、スタッフも対応に気を使う……というようなことがあったからなのだそうだ。テスト自体はその後も続けられており、たまたま実施日にコレクションホール見学などで訪れた来場者が見る分には問題なし、という状態だったという。

一般への告知を中止して以来、メディアの取材も途絶えていたが、今回、久々に復活したのには理由がある。先の東日本大震災によってツインリンクもてぎもロードコースなど一部の施設に被害を受け、二輪レースの最高峰であるMoto GPをはじめレースカレンダーも変更を余儀なくされた。その後ロードコースの補修も完了、「全日本ロードレース選手権 スーパーバイクレース in もてぎ」が開幕する7月2日(土)には、「ツインリンクもてぎ 元気と笑顔の復活デー!」と題したイベントが予定されている。そこで復活を告げるセレモニーのプログラムのひとつとして、往年のレーシングマシンのデモランを実施するのだ。
今回のテストはそのための事前チェックであり、同時にツインリンクもてぎが復活したことをアピールするために、メディア向けに公開されたというわけである。

ロードレース世界GPとF1、二輪と四輪双方の最高峰でチャンピオンを獲得した唯一の男であるジョン・サーティースのドライブで、1967年イタリアGPで勝利した「RA300」。サーティースの発案により、開発期間短縮のためイギリスの「ローラ」のインディカー用シャシーを改造して用いたため、外国では「ホンドーラ」などとも呼ばれた。
(走行シーンが動画で見られます)
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1991年シーズンを戦った「マクラーレン・ホンダMP4/6」。700ps以上を発生するV12DOHC48バルブ3498ccエンジンを搭載、第二期ホンダF1最後となるドライバーズ/コンストラクターズのダブルタイトルを獲得した。この個体はゲルハルト・ベルガーが同年の日本GPで優勝した(セナに勝利を譲られた)マシン。
(走行シーンが動画で見られます)
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全8台のマシンをテストした“ドライダー”の宮城光氏。1982年、19歳で二輪ロードレースにデビュー。翌83年から参戦を開始した全日本選手権で、いきなり250ccとF3(400cc)のダブルタイトルを獲得、鈴鹿4時間耐久でも総合優勝という離れ業を演じた彼も、来年は五十路。だが、笑顔と謙虚な姿勢は、まるで少女マンガの登場人物のような名前にふさわしいルックスで、「アイドルレーサー」と呼ばれた頃と変わらない。
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■伝説の走りが見られる

今回走行したマシンは、二輪がロードレース世界GP(現Moto GP)用の「RC181」(1967年)、「NSR500」(1984年)、マン島TTレース出場車の「VTR1000SPW」(2000年)、市販レーサーの「RS125R」(1990/2004年)の5台。四輪は「RA272」(1965年)、「RA300」(1967年)、「マクラーレン・ホンダMP4/6」(1991年)という3台のF1マシン。このほか中嶋悟がドライブした「ロータス・ホンダ100T」(1988年)も予定されていたが、コンディション不良によりキャンセルされた。

計8台のマシンのテストドライブを担当したのは、宮城光氏。かつてホンダの契約ライダーとして全日本選手権や全米選手権でチャンピオンを獲得し、四輪でもシビックを駆ってスーパー耐久シリーズの王座に輝いた、両刀遣いの「ドライダー」である。現在はMoto GPのテレビ解説を務めるほか、数年前からこの走行確認テストにおける「テストドライダー」の役割も担っている。

テストコースは南ゲート近くにある「南コース」。コースといっても決められたトラックはなく、広い駐車場のような舗装路面に白線で示された走行ラインを、宮城氏は黙々とトレースしていく。
午前9時に始まったテストは、二輪に関してはいずれもスムーズに連続走行してプログラムを消化した。しかしF1は走っては止まり、調整を繰り返していた。聞けば「RA272」と「マクラーレン・ホンダMP4/6」は、エンジンをオーバーホール後間もないということで、燃調(燃料調節、混合気の燃料と空気の割合を調整すること)をはじめチェック事項が多いとのこと。とはいえ、それこそがテストの目的なので、なんら問題はない。

問題があるとすれば、この日の天候だったかもしれない。梅雨の中休みという感じで好天に恵まれたのだが、おかげで気温がぐんぐん上昇し、昼前には30度を超えた。その暑さのなか、革ツナギやレーシングスーツに身を包んでほとんど休みなしに走り続ける宮城氏は、あたかも苦行をしているように見えた。つかの間のインターバル、ヘルメットを脱いだ顔を汗で光らせた彼に、取材陣が「大変ですね」と声をかけた。すると返ってきた答は、「いいえ、ぜんぜん。こんなすばらしいマシンに乗せてもらえるんだから、僕は日本一の幸せ者ですよ」。
続いてマシンの印象など取材陣からの質問に丁寧に答えた彼は、こう言葉を結んだ。
「現代の技術をもってしてもなかなか完調にできないマシンを、40年以上も前に地球の反対側まで持っていって走らせ、あまつさえ勝利まで収めたんだから、すごいですよね。当時のスタッフの技術と情熱に、あらためて敬意を表します」

「RA272」を除き、この日走った7台のマシンは、7月2日(土)に開かれる「ツインリンクもてぎ 元気と笑顔の復活デー!」でデモランを披露する。二輪は岡田忠之氏、上田昇氏が駆り、四輪は宮城氏がステアリングを握る予定だ。なお、当日はバイクでの来場者およびツインリンクもてぎのホームページからプリントしたクーポン券を持参した来場者は入場・駐車料無料、さらに「全日本ロードレース選手権 スーパーバイクレースinもてぎ」の予選の観戦が無料など、さまざまな特典が用意されている。詳しくは以下URLまで。
http://www.twinring.jp/cms-data06/summer_m/opening/

(文と写真=沼田 亨)

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