第1回:フェラーリが映しだすセレブ俳優の孤独
『SOMEWHERE』

2011.04.15 エッセイ

第1回:フェラーリが映しだすセレブ俳優の孤独『SOMEWHERE』

ワークブーツで「モデナ」に乗る男

映画が始まっても、スクリーンはまだ真っ暗のままだ。闇の中から、エンジン音らしきものが響いてくる。耳を澄ませば、それがフェラーリ8気筒の奏でる特徴的なエグゾーストノートであることがわかる。

映像が現れると、そこは荒野だ。小さなサーキットのような道があり、黒い「フェラーリ360モデナ」が周回を重ねている。たいしたスピードではなく、限界の走りにはほど遠い。カメラの位置は固定されていて、映るのは道の一部だけだ。フレームからクルマが外れていってしばらく音だけが聞こえ、しばらくすると戻ってくる。これを3、4度繰り返し、フェラーリを停めて男が降りてくる。足元を見ると、ワークブーツのようなゴツい靴を履いている。スポーツドライビングに適したものではない。

フェラーリのオーナーにも、さまざまなタイプがある。レースでの栄光の歴史に敬意を表し、自分もその伝統に連なりたいと考える人もいるだろう。精緻なメカニズムとスピードに惚れ込む場合もあれば、何よりもデザインに意義を見出す人もいる。金を持っているからとりあえず有名なフェラーリでも買っておくか、そんな動機でオーナーになるケースも残念ながらあるのだ。そして、この映画の男がその典型であることを、ソフィア・コッポラ監督は、最初のシークエンスで浮かび上がらせた。見事である。

©2010-Somewhere LLC
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鈴木 真人

鈴木 真人

名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。