第162回:【Movie】大矢アキオ、思い出のイタリア車と再会! 「アウトビアンキY10」25周年ミーティング

2010.10.02 エッセイ

第162回:【Movie】大矢アキオ、思い出のイタリア車と再会! 「アウトビアンキY10」25周年ミーティング

2010年7月25日、フィオレンツォーラ・ダルダで開催された「アウトビアンキ Y10」の25周年ミーティング。
2010年7月25日、フィオレンツォーラ・ダルダで開催された「アウトビアンキ Y10」の25周年ミーティング。
「アウトビアンキ保存会」役員のウンベルトさんの愛車は、ポルトローナフラウ社の革シート仕様。ステアリングはナルディだ。
「アウトビアンキ保存会」役員のウンベルトさんの愛車は、ポルトローナフラウ社の革シート仕様。ステアリングはナルディだ。

気がつけば四半世紀

ボクが人生で初めて運転したイタリア車は、アウトビアンキの「Y10」(イタリア語でイプシロン・ディエチ)だった。

1980年代半ば、大学生時代のことだ。当時ボクが住んでいた東京近郊で、輸入車ディーラーといえばヤナセしかなかった。そこに突然ジャクス・カーセールス(JAX)の営業所が開店したのである。覚えている方も多いと思うが、ジャクス・カーセールスとは、当時ルノー、アルピーヌ、フィアット、アウトビアンキなどを扱っていた輸入車ディーラーである。
店に駆けつけたボクは、そこで輸入されたばかりのY10を試乗してみることにした。

まず、薄いドアと唐突につながるクラッチに面食らった。しかし、元気なサウンドを発し、回せば回すほど楽しいエンジンというものを、たとえ短いコースでも初めて体験した。
同時に、安くても人を甘く包むようなそのシートに酔いしれた。帰りに、自分の「アウディ80」を運転したら、「これはトラックか?」と悲しくなったものだ。

思えば、いまイタリアに暮らしているのも、あのY10が与えてくれた新鮮な体験につながっているのかもしれない。そんなボクである。Y10の25周年ミーティングのお誘いを受け、さっそく「出席」の返事をした。

「アウトビアンキA112」など他のアウトビアンキ車も伴って、約30km離れた山間の村までミニツーリングにスタート。
「アウトビアンキA112」など他のアウトビアンキ車も伴って、約30km離れた山間の村までミニツーリングにスタート。
古代ローマ遺跡脇で休憩タイムのワンシーン。Tシャツだけでも気合入ってます。
古代ローマ遺跡脇で休憩タイムのワンシーン。Tシャツだけでも気合入ってます。
往年のさまざまな仕様約60台が一堂に会した。
往年のさまざまな仕様約60台が一堂に会した。

あの魅力は永遠に

おさらいしておくとY10は、当時フィアット傘下だったアウトビアンキが1985年に「A112」の後継車として市場に送り出したシティカーである。1992年のマイナーチェンジを経て「ランチア・イプシロン」が登場する1995年までカタログに載りつづけた。1957年の「ビアンキーナ」以来続いたアウトビアンキブランドにとっては、最後のモデルであった。
ちょっと前まで、イタリアでそこいらを無数にウロウロしていたこともあって「もう四半世紀か」と、ボクは時の早さにため息をついてしまった。

今回イベントを主催したのは、今も商標を保有しているフィアット社公認の愛好会「レジストロ・アウトビアンキ(アウトビアンキ保存会)」である。2010年7月25日朝、イタリア北部フィオレンツォーラ・ダルダの集合場所に赴くと、やってきた60数台のY10がたちまち駐車場を埋めた。
見ると、当時エンスージアストたちの話題を呼んださまざまなバージョンが並ぶ。

幼い娘とともにピサから来場したジョヴァンニさんという男性は、「僕にとって、2台目の『ターボ・マルティーニ』だよ」と胸を張った。
ミラノ在住という熟年カップルはゴージャス仕様「igloo」を1994年に新車で購入したという。当時イタリアでコンパクトカーとしては珍しいエアコン付きが選択の理由だったと振り返る。

南部ナポリから、20年来のY10ユーザーだという家族も来ていた。
いっぽう30歳のカティアさんは、走行距離がたった4万7000kmの、1992年ポルトローナフラウ社製本皮シート「Ego」バージョンに引かれ、最近購入したという。オーストリアのシュタイア社との共同開発で誕生した4WD仕様も、トリノから女性がドライブしてきた。チューニング系も2台が確認できた。

彼らの多くは、従来のイタリア製コンパクトカーになかった上質な造りを、手頃な価格で実現したY10の功績を高く評価している。
面白いのは、ツーリングの途中に組まれた古代ローマ遺跡見学タイムでも、ランチの前後でも、こっそり抜け出して、近くの峠で友達と走りを満喫してくる参加者が多数みられたことだ。
このあたり、デザイン&インテリアに感激+走って爽快(そうかい)という、ボクが昔、とりこになったこのクルマの魅力が今も健在であることを無言のうちに物語っている。

「ご先祖」である「アウトビアンキ・ビアンキーナ」と記念撮影。
第162回:【Movie】大矢アキオ、思い出のイタリア車に再会! 「アウトビアンキY10 25周年ミーティング」

今回のイベントでは、「各自、自分のY10が最高であることに疑いなし」ということでベストオブショーは設けられなかったかわりに、イタリア半島の最先端から880kmかけてやってきた参加車に遠来賞が手渡された。
人々に愛されたクルマを象徴する、主催者の粋な計らいに、拍手をしながら思わず「いよっ、ニクいよッ!」と日本語で声をかけてしまったボクであった。

(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)


【Movie】「アウトビアンキY10」25周年ミーティング(前編)

【Movie】「アウトビアンキY10」25周年ミーティング(後編)

(撮影・編集=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

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大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト。国立音楽大学ヴァイオリン専攻卒にして、二玄社『SUPER CG』元編集記者、そしてイタリア在住20年という脈絡なき人生を歩んできたものの、それだけにあちこちに顔が広い。今日、日本を代表するイタリア文化コメンテーター。10年以上にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストをはじめラジオでも活躍中。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『カンティーナを巡る冒険旅行』『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(ともに光人社)、電子書籍『イタリア式クルマ生活術』(NRMパブリッシング)など数々の著書・訳書あり。