「スポーツカー・フォーラム2010」開催

2010.09.28 自動車ニュース

スポーツカーに未来はあるか? 〜「スポーツカー・フォーラム2010」開催

2010年9月26日、神奈川県横浜市の「マツダR&Dセンター横浜」で、「スポーツカー・フォーラム2010」が開かれた。

■一流のスポーツカー談義

「スポーツカーを語る マツダのスポーツカーを育てた3人」というタイトルを掲げたこのフォーラムは、「スポーツカー・フォーラム実行委員会」というボランティア組織によって企画・運営されたものである。出席者がマツダの関係者であり、またマツダが会場を提供したものの、内容に関してはメーカーは一切関与していないという。

講演者はタイトルにもあるとおり、初代「ロードスター」担当主査の平井敏彦氏、「RX-7」担当主査の小早川隆治氏、2代目、3代目「ロードスター」、「RX-7」担当主査の貴島孝雄氏という、マツダのスポーツカーを育てた3名。
さらに国立科学博物館で科学技術史を担当する鈴木一義氏、コスモスポーツオーナーズクラブ会長の松田信也氏、「ロードスター」のクラブであるROADSTER FOUR代表の大柳覚氏の3名を加えた計6名が、「日本のスポーツカーの流れ」「スポーツカーはなぜ楽しいのか」「スポーツカーはどう生き残るか」という3つのテーマを中心に、集まった150人のスポーツカーファンに向けて語った。

初代「ロードスター」の生みの親である平井氏は、「誰もが思いつくが、誰もやらなかった」オープンのライトウェイトスポーツ復活を成し遂げた張本人である。彼が作った「ロードスター」がなければ、つまりは彼の企画とそれを実現させた情熱がなければ、それに続く90年代の世界的なスポーツカーブームはおそらくなかった。その意味で自動車史に名を刻まれるべき方なのだが、ご本人にはそんな気負いはまったく感じられない。この日も飄々(ひょうひょう)とした語り口で、「ロードスター」誕生の経緯を語った。

いわく、企画した当時はマツダの経営状態が思わしくなく、もうかるかどうかもわからない遊びのプロジェクトということで、社内に反対の声も少なくなかったという。そこを「大うそ八百を並べ立てて」なんとか上層部の承認をとりつけてスタートしたものの、「ヒト、モノ、カネ」のすべてがない、ないないづくしの状態だったそうだ。
そこを「たとえばヒトは、イギリスの人材派遣会社を通じて3人のイギリス人とフランス人、ポーランド人の計5人のエンジニアを確保し、あとはサプライヤーのエンジニアに手伝ってもらう」などしてしのいだという。

そうしたエピソードを披露しつつ、会場にある初代「ロードスター」を眺めながら「そんな状況でしたから、あまりお金をかけられず、ひどい作り方をしているところもあります。でも、ボロでもちゃんと走りますからね。スポーツカーは走りゃいいんですよ。正直に白状したのでご勘弁ください」と、会場の笑いを誘いながら締めくくった。

9月いっぱいでマツダを退職し、10月から山口東京理科大学の教授に転身するという貴島氏のお題は、「エンジニアから見たスポーツカー論」。「何をもってスポーツカーとするかは、さまざまな見方があり、それこそ千差万別。しかしマツダでは意のままに操る楽しさを追求し、前後50対50の重量配分、慣性モーメントは小さく、重心は低くというパッケージングをスポーツカーのDNAとして守ってきた」と語った。

現在は自動車ジャーナリストとして活躍する小早川氏は、日本のスポーツカー50年の歴史を俯瞰(ふかん)した後に、市場の変遷を分析。そして現在は低迷するスポーツカー市場だが、メーカーから新たな提案があれば活性化する可能性はあると語った。「その好例が平井さんの作った初代ロードスター」という話は説得力があった。

講演の後に設けられた質疑応答では、3氏が考える「スポーツカーの定義」が明らかになった。平井氏は「ちょっとだけカッコよくて、操る楽しさがあって、自分の手が届く範囲のクルマ」、貴島氏は「感性で操り、路面とのコミュニケーションの取れるクルマ」、そして小早川氏は「絶対性能ではなく、乗って楽しく、デザインが魅力的なクルマ」ということだったが、「ロードスター」をはじめ3氏が作ったスポーツカーは、まさにこの定義を具体化したものだったわけである。

これを含めて会場からは10個の質問が取り上げられ、いずれも興味深い回答を聞くことができた。フォーラムの開始は午後1時で、すべてのプログラムが終わったのは午後5時近く。当初の終了予定時刻を約30分もオーバーしていたが、終わってみればまったく長さを感じさせない、非常に濃密な時間だった。

(文と写真=沼田 亨)

「コスモスポーツ」、「サバンナRX-7」、「ユーノス・ロードスター」という、1960年代から80年代にかけて作られたマツダのスポーツカーをバックに、フォーラムは進行された。
「コスモスポーツ」、「サバンナRX-7」、「ユーノス・ロードスター」という、1960年代から80年代にかけて作られたマツダのスポーツカーをバックに、フォーラムは進行された。
主役である「マツダのスポーツカーを育てた3人」。左から小早川隆治氏、貴島孝雄氏、平井敏彦氏。
主役である「マツダのスポーツカーを育てた3人」。左から小早川隆治氏、貴島孝雄氏、平井敏彦氏。
当日の、R&Dセンター中庭の様子。参加者の多くが「ロードスター」のオーナーだった。
当日の、R&Dセンター中庭の様子。参加者の多くが「ロードスター」のオーナーだった。
講演者と約150名の参加者がそろっての記念撮影。
講演者と約150名の参加者がそろっての記念撮影。

この記事の大きな画像を見るためには、画像ギャラリーをご覧ください。