第10回:クルマが生み出した交通弱者(その3)〜最大の味方、軽自動車の魅力再発見

2010.09.13 エッセイ

第10回:クルマが生み出した交通弱者(その3)〜最大の味方、軽自動車の魅力再発見

クルマが普及したから、かえって交通弱者が増えたという理屈はそれなりに正しい。その観点からいうなら、軽自動車など、大いにその原因を作っている。でも見方を変えるなら、これほど地方において魅力的なクルマもまたないのだ。

こうやって軽自動車は愛されている。ちょうどぴったりの犬小屋に飼われたペットのような風景。
こうやって軽自動車は愛されている。ちょうどぴったりの犬小屋に飼われたペットのような風景。
何をおいても軽のためには家を確保している四国の人たち。
何をおいても軽のためには家を確保している四国の人たち。

軽自動車は嫌いだった

「アメリカでは、絶対にT型フォードを追い抜くことはできない。いくら追い抜いても、必ずその前にはT型が走っているのだから」
1920年代のアメリカでよく言われた冗談である。でも日本の田舎道を走っていると、ときどき同じような思いを抱く。
「日本の田舎道では、絶対に軽自動車を追い抜くことはできない。いくら追い抜いても、必ずその前には軽自動車が走っているのだから」

今だからこそ白状してしまうと、地方を走っている時、軽が邪魔で邪魔で仕方がなかった。黄色いセンターラインが延々と続く山村部の2車線道、必ず前に軽自動車がいる。それもすごくちんたら走っていて、後ろについているとイライラする。で、そいつがやっと脇道に入ってくれたと思って加速しようとすると、また前に別の軽がノロノロ走っているのだ。

だから以前は本当に軽自動車というものが好きではなかった。ともかく自己満足の塊のような走り方をしていて、後ろにどんなクルマが走っていようとまったく意にも留めない。合図もせずに突如田んぼのかたわらに止まったり、あぜ道から無理矢理前に出てきたりする。そんな軽に合うたびに、「この邪魔者めっ」と怒っていた。

格好もイヤだった。奇妙に縦横比が悪くて安定せず、そのくせにクルマによっては子供っぽいデザインディテールで、私がもっとも嫌う「可愛い子ちゃんルック」をこびている。あるいは、より大きなクルマのデザイン表現を無理矢理取り入れているから、子供が大人の服を着たようなおかしさがある。

乗ってもあまり感心しなかった。エンジンサイズが中途半端に規制されているから、どうしてもトルクに無理がある。だから1リッターぐらいのクルマをうまく転がすのに比べると、かえって燃費は悪くなるし、音も不快である。要するに法律の恩恵にすがるべく、クルマとしての全体のバランスを捨てた、一種の日本固有の奇形的存在として好きではなかった。

四国遍路道を歩行者として歩くまでは。

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大川 悠

大川 悠

1944年生まれ。自動車専門誌『CAR GRAPHIC』編集部に在籍後、自動車専門誌『NAVI』を編集長として創刊。『webCG』の立ち上げにも関わった。現在は隠居生活の傍ら、クルマや建築、都市、デザインなどの雑文書きを楽しんでいる。