第9回:クルマが生み出した交通弱者(その2)〜バスをもう一度考え直そう

2010.09.06 エッセイ

第9回:クルマが生み出した交通弱者(その2)〜バスをもう一度考え直そう

前回取り上げた、地方で増えている交通弱者を少しでも救うには、結局地元全体が努力しなければならない。現段階でもっとも現実的な手段は、消えつつあるローカルバスを、新しい発想で、しかも最低限の負担でよみがえらせることだと思う。21世紀にふさわしい姿で「田舎のバス」を生き返らそう。

一日数本の路線バスがやってくる。でもたった数人しか乗っていないのに、これだけのサイズが要るのだろうか?
一日数本の路線バスがやってくる。でもたった数人しか乗っていないのに、これだけのサイズが要るのだろうか?
某バス停の時刻表。午前、昼、午後の3本だけ。しかも日曜、祝日は運行なしということは、ごく限られた通勤者用ということなのだろう。
某バス停の時刻表。午前、昼、午後の3本だけ。しかも日曜、祝日は運行なしということは、ごく限られた通勤者用ということなのだろう。

激減するローカルバス

前回は、クルマが普及してしまったがゆえに、生み出された交通弱者の話だった。路線バスなどが廃止され、クルマに頼る以外に移動の手段が失われた人たち、あるいはクルマすら所有、運転ができないために、社会からこぼれつつある人たちのことである。

四国だけでも日本だけでもなく、多かれ少なかれ、これは世界的な問題。特に先進国での社会問題になりつつある。これを本当に解決するには交通機関全体のシステムや、社会構成、生活スタイルそのものから、根本的に考え直さなければならないはずだ。だがそこまでになるとちょっと問題は大きくなりすぎる。まず、できることから手を付けていくべきだろう。

やはり現実的に多少なりとも状況を改善するのは、バスシステムの改変というか見直しである。バス業界は、1950年代から右肩上がりの成長を見せ、60年代にそのピークを迎えたが、その後は自家用車に押されて急速に衰退し、特に21世紀に入ってからは、根本的な構造不況に陥っているのは周知の通りである。

『田舎のバス』という歌は昔よく聴いた。今はそのまま歌うのは何となくはばかられる。その歌詞は、現代の解釈では、やや差別表現に近いからだ。

でもこの歌の中に表現されていたバスはとても生き生きとしていたし、あの時代のバスは、人々にとって愛すべき交通機関だった。この歌があまり歌われなくなった頃から、バスの社会的地位の低下と業界の不況が始まっているような気がする。つまり、70年代ぐらいから、路線バスは地域住民にとって、それほど親しまれる存在ではなくなったということだろう。

実際に乗り合いバス事業者にとって、経営環境は年を追って悪化している。日本バス協会によれば、1968年の年間約101億人をピークに、1908年には約43億人になっているという。同時に収益も減っている。特にその減少率は大都市よりも地方で激しく、輸送人員も営業収入も激減する一方である。さらに2002年の規制緩和によって、新規参入が楽になった反面で、不採算路線からの撤退もより自由になった。ということは、そのまま地方の山村部を巡る、一日数本で数人しか乗客が見込めないような路線が次第に廃止されるという状況が、より顕著になってきているわけである。

山村部の人々にとって、生活の友だった「田舎のバス」は、今、ゆっくりと消滅の危機を迎えているのだ。

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大川 悠

大川 悠

1944年生まれ。自動車専門誌『CAR GRAPHIC』編集部に在籍後、自動車専門誌『NAVI』を編集長として創刊。『webCG』の立ち上げにも関わった。現在は隠居生活の傍ら、クルマや建築、都市、デザインなどの雑文書きを楽しんでいる。