最終回:“奇跡の山”、高尾山に迫る危機
その10:山に教わったこと(矢貫隆)

2007.06.01 エッセイ

最終回:“奇跡の山”、高尾山に迫る危機その10:山に教わったこと

自然と自動車との関係

れっきとした国道でありながら、しかし自動車が通れない道を歩いたことがある。

そこは山梨県と埼玉県秩父市を結ぶ国道で、今でこそ雁坂トンネルによって道はつながっているけれど、その昔、両県を跨ぐようにして雁坂峠が立ちはだかっていたために自動車はそこで行き止まり。
向こう側に辿り着こうとすれば急峻な峠を歩いて越えるしかなかった。

もちろん登山道である。主稜線を外れた道であるために、登山ブームの昨今でさえ登山者の姿を見ることも稀な道だ。けれど、今でも国道の名が残されている。その道を歩いてみた。

異変を感じたのは、登山地図に記された水場が失われているのを知ったときだ。水場の水は泥水に変わっていた。別な水場の状況も同じだった。

山小屋のおやじさんが言った。
「水場から水が失われただけじゃない。山全体に異変が起こり、だから動物たちの生息域にも大きな変化が起こってしまった」

理由は雁坂トンネルだった。トンネルの工事が始まったとたん、それらの異変が起こったというのである。

「クルマで登山をしながら、山に、そういう勉強をたくさん教えてもらいましたね」

自動車で通り過ぎて行くだけではわからない事実が山にはある。もちろんその事実は、ただ単に山に登ってきれいな景色を見ているだけではわからない。
考えながら山に登ると、いろいろなことが見えてきて、山には教わることがたくさんあった。

「檜洞丸に登ったときはディーゼル排ガスの問題をブナの森が教えてくれました。足尾では酸性雨の問題を、日光ではスギ花粉症のことも勉強できました。妻と出会ったのは南アルプスでしたし(うそ)。那須の山奥、歩いてしか行けない温泉に入ったときは、まさに自然のありがたみを実感したわけですが、山に登るたびに自然と自動車との関係が無縁ではないという事実を感じたものでした」

そうだったな。懐かしいぞ、A君。

安全登山を標榜した「クルマで登山」。無事に終了である。

(おわり)

(文=矢貫隆)

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矢貫 隆

矢貫 隆

1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、 多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。 自動車専門誌「NAVI」(二玄社)に「交通事件シリーズ」(終了)、 同「CAR GRAPHIC」(二玄社)に「自動車の罪」「ノンフィクションファイル」などを手がける。 「自殺-生き残りの証言」(文春文庫)、「通信簿はオール1」(洋泉社)など、著書多数。