最終回:四国遍路の本当の魅力

2010.10.25 エッセイ

最終回:四国遍路の本当の魅力

16回も続いたこのエッセイも今回で終わりである。最後だけはクルマを離れて、四国遍路を成り立たせているもっとも大切なものを紹介したい。

遍路道は信仰の道である。45番岩屋寺。
遍路道は信仰の道である。45番岩屋寺。
お寺はそれぞれに魅力あるが、これは有名な37番岩本寺の天井画。数多くの人に勝手に描いてもらったといい、このようにマリリン・モンローの絵もある。
お寺はそれぞれに魅力あるが、これは有名な37番岩本寺の天井画。数多くの人に勝手に描いてもらったといい、このようにマリリン・モンローの絵もある。
一番厳しかったのが12番焼山寺への登り。折しも冷たい雨が雪になり、さらには氷砂糖ぐらいのあられが降り注いだ。その途中にある大師像、浄蓮庵に着いた瞬間、大きな杉の枝が氷の重みに絶えかねて目前に落ちてきた。
一番厳しかったのが12番焼山寺への登り。折しも冷たい雨が雪になり、さらには氷砂糖ぐらいのあられが降り注いだ。その途中にある大師像、浄蓮庵に着いた瞬間、大きな杉の枝が氷の重みに絶えかねて目前に落ちてきた。

別世界をさまよっていた50日

なぜ私たちは2年も続けて、あんなに厳しくつらい旅に出たのか? 歩き遍路は時間もお金もかかる、もっともぜいたくな旅だとは言われるが、どうしてそんなことを2度も続けたのか?
答えを簡単に言えば、歩き遍路をめざして四国に入った私たちを迎えてくれた世界、そのものに魅入られてしまったからだ。

本当に四国遍路道には別の世界が存在していた。50日の間、私たちはあたかも時空をスリップしてパラレルワールドに入り込んでしまったかのように、あるいはタイムマシーンで少年時代の日本に戻っているかのように感じていた。この間、ずっと異空間をさまよい歩いていたような独特の感覚に包まれていた。
それは素晴らしい体験だった。だからまた今年も、春の気配を感じかけたときに、どうしてもあの世界の感覚が忘れられず、旅立ってしまったというわけである。

その独特の世界の魅力を支えているのは、信仰、土地、そして人であり、その三つの要素は分かちがたく結びついて、四国遍路道という一つの素晴らしい世界を形成している。

信仰は、この世界全体の基本である。あえて宗教という言葉を使いたくない。この四国遍路は、弘法大師こと空海を抜きにしては考えられないし、空海に対する深い信仰の上に成り立っている。だからといって、空海を開祖とする真言宗、さらに密教系仏教、いやすべての仏教徒だけに開かれた世界ではない。神道を信じる人にも、クリスチャンにも、ムスリムでも、無神論者でも誰でも、まったく差別することなく受け入れる。

必要なのは信仰心であって、それは何を希求しても、何を願ってもいい。いや、信仰の心すら求めない。純粋なスポーツとして、きままな旅として、観光のために回ってもまったく構わない。お遍路をするという気持ちさえどこかにあれば、それは誰でも分け隔てなく受け入れるという寛容の世界がそこにある。でもお寺に着いた時のりんとした空気に触れると、誰もが心のどこかで信仰の気持ちを感じるはずだ。

山道よりも精神的につらいのは、延々と続く舗装路。ここは誰もが一番大変という室戸岬への道。太平洋を左に、ただただ海岸線を歩くしかない。はるか前方の岬を越えると、また次の岬が見えてくる。昔の遍路は下の浜を命がけで歩いたという。
最終回:四国遍路の本当の魅力

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大川 悠

大川 悠

1944年生まれ。自動車専門誌『CAR GRAPHIC』編集部に在籍後、自動車専門誌『NAVI』を編集長として創刊。『webCG』の立ち上げにも関わった。現在は隠居生活の傍ら、クルマや建築、都市、デザインなどの雑文書きを楽しんでいる。