第15戦日本GP「残り5戦は“ミニ・チャンピオンシップ”」【F1 2012 続報】

2012.10.08 自動車ニュース
日本GPの表彰台に立った面々。優勝したレッドブルのセバスチャン・ベッテル(左から3番目)は、今季初めて2連勝したドライバー。チャンピオンシップでもトップに4点差まで詰め寄った。2位に入ったフェラーリのフェリッペ・マッサ(一番左)は約2年ぶりのポディウム。そして3位、ザウバーの小林可夢偉(一番右)にとってはキャリア初表彰台だ。(Photo=Sauber)
第15戦日本GP「残り5戦は“ミニ・チャンピオンシップ”」【F1 2012 続報】

【F1 2012 続報】第15戦日本GP「残り5戦は“ミニ・チャンピオンシップ”」

2012年10月7日、三重県の鈴鹿サーキットで行われたF1世界選手権第15戦日本GP。GPウィークを前に大物ドライバーの移籍・引退が発表された今回、いざレースが始まると、レッドブルのセバスチャン・ベッテルと、ザウバーの小林可夢偉の、目の覚めるような走りが話題をさらった。

予選2位を獲得したベルギーGPではスタートで大失敗した小林。今回は母国のプレッシャーも何のその、3番グリッドからレース序盤を2位で走行。ピットストップで3位に後退するが、終盤ジェンソン・バトンの猛追を振り切って、自身初めて、そして1990年日本GPの鈴木亜久里、2004年アメリカGPの佐藤琢磨以来となる日本人ドライバーによる3位表彰台を見事ものにした。チームメイトのセルジオ・ペレス(今回のレースではリタイア)が来季マクラーレンに移籍することが決まったが、小林の2013年は未定のまま。この3位で勢いに乗りシートを確保したいところだ。(Photo=Sauber)
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■日本GPを前に“ハミルトン移籍”の衝撃

日本GPを翌週に控えた9月28日、うわさされていたルイス・ハミルトンの移籍が正式に発表された。マクラーレンからメルセデスにくら替えする“2008年のチャンピオン”は、少なくとも2015年までドイツの自動車メーカー系ワークスチームで戦うことになる。

ハミルトンとマクラーレン、そしてメルセデスの三者は、まるで親子のような関係である。息子であるハミルトン、彼が13歳の頃から手塩にかけて育ててくれた母親はマクラーレン、そしてメルセデスは父親だ。
1995年、コンストラクターである妻マクラーレンとエンジンサプライヤーという“入り婿”の立場を取った夫メルセデスが“結婚”。ふたりは力を合わせF1という家業に取り組み、やがて1998年に二冠、翌年もドライバーズタイトルを獲得するまでに成功した。

いっぽう息子ハミルトンは、両親の強力なバックアップを受けてジュニアカテゴリーで頭角をあらわしてきていた。2005年にF3ユーロシリーズチャンピオン、翌年GP2シリーズでも栄冠を勝ち取り、2007年、晴れてF1ドライバーとしてデビューを飾る。もちろん、“両親”のチーム、マクラーレン・メルセデスからだった。この年は惜しくもランキング2位に終わったものの、2008年、2年目にして早くも悲願のドライバーズタイトルを獲得。自慢の息子の大成功に、親が喜ばないはずはなかった。

だが次第に夫婦の関係が悪化。2009年末にマクラーレンとメルセデスは離別を決断し、いままで婿としてF1に携わってきた父メルセデスは独立して元伴侶と対決することとなった。ふたりは2015年まで、コンストラクターとエンジンサプライヤーであることを約束。息子ハミルトンは母方マクラーレンについた。

その後ハミルトンはチャンピオンになれずに現在に至る。2009年から3年間はランキング5位、4位、5位。このまま母マクラーレンの元にいていいのだろうか? 20代半ばを過ぎた青年は悩んだに違いない。
さらに両親が一緒の頃、エンジンなどの費用は父であるメルセデスが持ってくれていたが、母マクラーレンだけになってからは懐具合が寂しくなった。このことは、自分のサラリーはもちろん、実は2014年に控える新エンジン導入(現2.4リッターV8NAから1.6リッターV6ターボ化への移行)にも影響してくる。そもそもエンジン屋であり、実家は歴史ある大自動車メーカーでもある父メルセデスは、いずれの点でも母マクラーレンより分がいい。

唯一父メルセデスに足らないものは、成功だ。2010年からの3シーズンで勝ったのは1回だけである。それでも、息子は母から離れ、父とともに新しいチャレンジを始めることを選んだのである。

スタートでトップを守ったベッテル(先頭)、2位で続く小林の後方ではクラッシュが相次ぎ、セーフティーカーが導入された。写真右側、この後ポイントリーダーのフェルナンド・アロンソに当たりリタイアに追い込むキミ・ライコネンの黒いロータスが、行き場を失いコースオフしているのが分かる。(Photo=Red Bull Racing)
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■ペレス、来季はマクラーレンへ

母マクラーレンは息子には残ってほしかったのだが、離別が決まったいま、悲しんでいる暇はない。家業を継ぐ新たな戦力として白羽の矢が立ったのは、もっとも勢いのある若手のひとり、セルジオ・ペレスだった。

ペレスはハミルトンと違い、まったく別の家系出身だ。母国メキシコの大手通信業者テルメックスの後押しでレーシングドライバーとしてのキャリアを築き、欧州でF3やGP2に参戦。その才能が買われ、2011年、スイスのザウバーでF1参戦の切符を手に入れると同時に、フェラーリ・ドライバー・アカデミーの“受講生”にもなり、将来の活躍を期待されるポジションについた。

2年目の今季、持ち前の技量を生かしこれまで3回の表彰台を獲得。第2戦マレーシアGPでは優勝まであと一歩の2位だった。だがザウバーはさらに上を目指せる規模ではない。一方でフェラーリ“学校長”ルカ・ディ・モンテゼーモロは、「フェリッペ・マッサに代えてスクーデリアのシートに座らせるのは時期尚早」と明言していた。

息子を手放した傷心の母親マクラーレンは、この機会を逃さなかった。長期契約を結んでいるパートナー、既にベテランの域に達している2009年チャンピオンのジェンソン・バトンと新進気鋭のペレスとのコンビは、ある意味理想的。メキシコ企業のスポンサーシップ獲得も夢じゃない。かくして常勝チームのシートはすぐに埋まった。母はたくましく、そしてドライで現実的だった。

今季限りで(今度こそ本当の)引退を表明したメルセデスのミハエル・シューマッハー(写真前)。日本でのラストランは、前戦シンガポールGPで事故を起こしたペナルティーにより10グリッド降格の23番グリッドからスタート。最後はトロロッソのダニエル・リチャルドを激しく攻め立てたが、入賞圏にわずかに届かず11位完走。(Photo=Mercedes)
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■巨星シューマッハー、2度目にして最後の引退

メルセデスとハミルトンの父子による新時代は、F1の歴史を塗り替えた巨星を引退に追い込んだ。いや、引退に向けて背中を押してあげた、といったほうがいいかもしれない。10月4日、ミハエル・シューマッハーは自身2度目の、そして今度こそ最後のリタイアメントを発表した。

3年のブランクを経て2010年にカムバックしたシューマッハーは、今季限りで契約満了となるが、当初思い描いていたほどの戦績を残せていなかった。メルセデスが十分な戦闘力を備えたマシンを用意できなかったことは事実だ。もっとも完成度が高いとされる今季型マシン「W03」は、ニコ・ロズベルグが中国GPで初優勝したものの、ピレリタイヤとのマッチングに終始苦労を強いられた。14戦を終えた時点で、コンストラクターズチャンピオンシップでは中団グループの先頭、5位どまり。またシューマッハーには、メカニカルトラブルも頻発した。

43歳という年齢は、同郷の新王者セバスチャン・ベッテルと18歳も違う。それでもモナコGPでは予選で最速タイムをたたき出し周囲を驚かせ(前戦の事故によるグリッド降格ペナルティーでポールポジションならず)、さらにヨーロッパGPでは復帰後初の表彰台3位を手にした。凡ミスも度々見られるなど、往年の輝き衰えずとはいえないが、並大抵の“中年”ではない。

しかし、いかに彼が偉大なレーサーでも、メルセデスが“その程度のレベル”で満足するはずもなかった。現役続行か引退か。先延ばしにされたシューマッハーの決断を待たずに、ハミルトンとニコ・ロズベルグの若手ペアリングを発表した。伝説的ドライバーの勇姿が見られるのも、日本GPを含めあと6戦となった。

暗く長いトンネルを脱したように見えるのが、フェラーリのマッサだ。ポイントリーダーのアロンソに対し、優勝はおろか表彰台すら手に入れられなかったブラジリアン。ここ鈴鹿では予選こそ失敗したものの、10番グリッドからスタートの混乱に乗じ4位、ピットストップで2位までのぼりつめ、2010年韓国GPを最後に遠ざかっていたポディウムに久々にのぼった。(Photo=Ferrari)
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■ベッテル、4年連続の鈴鹿ポールポジション、小林は3番グリッド獲得

レース前に駆け抜けた“嵐”をよそに、日本GPは幕を開けた。舞台は、オープンから50周年を迎えた、日本のモータースポーツの“聖地”、そして世界屈指のチャレンジングなコースである鈴鹿サーキットだ。

金曜日のフリー走行から、ここ4戦で3勝しているマクラーレンと、前戦シンガポールGPを制したレッドブルの2強がタイムシートの上位に食い込んだが、土曜日の予選になるとレッドブルが開眼。トップ10グリッドを決めるQ3では、ベッテルが4年連続となるポールポジションを獲得し、マーク・ウェバーとともに最前列を占拠した。

3番手タイムを記録したのはマクラーレンのジェンソン・バトンだったが、ギアボックス交換による5グリッド降格で8番グリッドへ。かわりにザウバーの小林可夢偉がひとつポジションをあげ3番グリッドにつけた。小林はQ1で2位、Q2でも5位と上位につけており、3度目の母国GPでキャリア初表彰台を狙える好位置からスタートすることとなった。

ロータスのロメ・グロジャンを間に挟み、小林のチームメイト、ペレスが5番グリッド。ポイントリーダーであるフェラーリのフェルナンド・アロンソは、何とか6番手につけた。ロータスのキミ・ライコネン、バトンと続き、マクラーレンで精彩欠くルイス・ハミルトンが9番手。そして10位だったフォースインディアのニコ・ヒュルケンベルグのギアボックス交換のおかげで、フェラーリのフェリッペ・マッサがトップ10最後尾につけた。

予選3番手タイムがギアボックス交換のペナルティーで8番グリッドとなってしまったマクラーレンのジェンソン・バトンは、スタートで一気に3位に上昇。小林とともにマッサに先行されるも、終盤に見せたザウバー追走劇は、鈴鹿に詰めかけた観客の手を汗でびしょびしょにしたに違いない。昨年の日本GPウィナーは、結局小林を抜くことはできず4位。(Photo=McLaren)
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■2位に上がった小林が善戦

秋晴れの決勝日は、波乱含みのスタートとなった。ポールシッターのベッテルが先頭で1コーナーへ。抜群の出だしで小林が2位に続くと、その後方ではクラッシュが相次ぎセーフティーカーが登場した。
最初のクラッシュは、アロンソとライコネンの接触に端を発した。ロータスを後ろに従えて1コーナーに飛び込もうとしたフェラーリだったが、ライコネンは行き場を失いフロントウイングをアロンソのリアタイヤに当ててしまう。これがパンクを誘発し、アロンソはコースアウトしストップ。ポイントリーダーが早々に戦列を離れることとなった。

その直後、小林に2位の座を奪われた3位ウェバーにグロジャンが追突。ベルギーGPでも多重クラッシュを起こし1戦出場停止処分を受けた“前科持ち”のグロジャンは、またしても不評を買うドライビングで10秒のストップ/ゴーペナルティーが科された。一方ウェバーは、走行を続けられたもののピットストップを余儀なくされ、優勝争いから脱落した。さらに別の場所では、ニコ・ロズベルグとブルーノ・セナの接触もあり、メルセデスの1台もリタイア組に加わった。

53周の3周目にレース再開。1位ベッテル、2位小林の後ろには、スタートの混乱を味方につけた8番グリッドのバトンが3位、10番グリッドのマッサが4位にポジションを上げていた。

ベッテルは再開後の1周目で2位小林に対し1.9秒のクッションを築くと、そのマージンを毎周拡大。13周目には7秒以上も逃げた。この日のレッドブルに敵はいなかった。その後方の2位小林も善戦し、3位バトンとの差を徐々にだが広げることに成功していた。

4年連続のポールポジションから文句なしの完勝。初タイトルを獲得した2010年と同じように、ここ鈴鹿での勝利でタイトル獲得に弾みをつけたいベッテルは、あと4点でチャンピオンシップをリードできるポジションにまで上がってきた。(Photo=Red Bull Racing)
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■ベッテル、鈴鹿で3勝目

2ストップが大勢を占めた今回、3位バトンは14周目に最初のタイヤ交換を済ませ、2位小林も翌周ピットへ飛び込んだ。コースに復帰したこの2台は早くベッテルを追撃したいところだったが、前を走るダニエル・リチャルドのトロロッソが行く手をはばんだ。

18周目、トップのベッテルとマッサがピット作業を終えると、ベッテル首位のまま、マッサが2位に上がり、3位小林、4位バトンというオーダーに変わっていた。

ここで一気にベッテルを追いつめたいマッサとフェラーリ。何しろベッテルはフェラーリのエース、アロンソ最大のライバルである。レース前に29点のアドバンテージを持っていたポイントリーダーのアロンソは今回無得点。ベッテル優勝でその差は4点に縮まる。マッサが優勝しベッテルからポイントを奪うことはスクーデリア最善のシナリオだった。
ただ、ファステストラップを必死にたたき出すマッサにそれを求めるのは酷だった。10秒前後のギャップを維持していたベッテルは、レース半ばを過ぎると最速タイムで逃げにかかり勝負を決めてしまった。

ベッテルは最終的に2位マッサを20秒も突き放し、今年3回目の優勝を飾った。鈴鹿では4年間で3勝目。レース終盤は調子に乗って必要のないほど速いペースで周回し、残り1周という時点でレースのファステストラップを記録するほどの圧倒的な勝利だった。

来季、マクラーレンからメルセデスへ移籍することを表明したルイス・ハミルトンは、日本GPで精彩を欠いた。予選9位、決勝では5位まで挽回し完走。チャンピオンシップではトップのアロンソから42点離され4位。(Photo=McLaren)
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■小林対バトンの息詰まる3位争い

レース終盤にサーキットをわかせたのが、小林とバトンの3位争いだった。32周目に小林、36周目にバトンが2度目にして最後のタイヤ交換を実施。早業で知られるマクラーレンのクルーは作業に若干手間取り、バトンのポディウム奪還の邪魔をしてしまった。

だが、昨年の日本GPウィナー、バトンは諦めなかった。4秒開いていた小林との差がどんどん縮まり、46周目には1.7秒、二人とも自己ベストタイムをたたき出しながら走行した51周目には1.2秒、ファイナルラップはDRSが使える1秒内に詰まった。

53周を終えてチェッカードフラッグが振られると、小林とバトンの差はわずか0.5秒。小林は2009年チャンピオンの猛追を振り切り、1990年日本GPで鈴木亜久里が、2004年アメリカGPで佐藤琢磨が記録した、日本人最高位タイとなる3位の座を、大挙した母国ファンの前で獲得してみせた。観客は「カムイコール」でヒーローの快挙をたたえた。

6番グリッドからまさかの0周リタイア、無得点に終わったポイントリーダーのアロンソ。ベッテルに4点差に詰め寄られたフェラーリのエースは、厳しいポジションに立たされた。残り5戦、スクーデリアがマシンパフォーマンスを飛躍的に上げてこない限り、アロンソ3度目のタイトルは難しいかもしれない。(Photo=Ferrari)
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■思い出す2010年シーズン

最速マシンとは言い難いフェラーリを駆り、自らの技量とともにライバルの不運にも助けられ、第8戦ヨーロッパGP以来ランキング1位を守ってきたアロンソだったが、その強運もいよいよ尽きてきたようだ。

アロンソとランキング2位ベッテルの差はわずかに4点。そのアドバンテージは風前のともしびといえる。今回まさかのリタイアで無得点に終わったアロンソは、短いレースを終え「残り5戦はミニ・チャンピオンシップのようになる」とコメント。「みんな同じポイントでスタートを切る(ようなものだ)からね」。

勢いに乗りそうないまのベッテルを見ると、2010年を思い出す。シーズン半ばまで中位でくすぶっていた彼が、終盤にかけて勝利を重ね、最終戦で初タイトルをつかみ取った。あの時も、ベッテルは鈴鹿で優勝し復活の狼煙(のろし)を上げたのだった。

シンガポール、日本と続いたアジア・ラウンドの3戦目、韓国GPは、翌週10月14日に行われる。

(文=bg)

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