トヨタ、8年間のF1活動にピリオド

2009.11.05 自動車ニュース

トヨタ、8年間のF1活動にピリオド

トヨタ、8年間のF1活動にピリオド

2009年シーズンを終えたばかりのF1に、衝撃的とも「やはり」ともとれるニュースが飛び込んだ。先ごろ2010年限りで撤退することを決めた単独タイヤサプライヤー、ブリヂストンに続き、トヨタ自動車がF1参戦を今季限りで辞めることを、2009年11月4日に発表したのだ。

「F1撤退記者会見」には、トヨタ自動車の豊田章男社長(写真右)と、トヨタF1チームの代表でもある山科忠専務が臨んだ。
トヨタ、8年間のF1活動にピリオド
「ファンのことを考えると申し訳ない気持ちだが、会社の現状を考えて決断した」と、撤退の理由を述べる豊田社長。
「もしも優勝していたら続けたか?」の質問には、「結果がどうあれ、同じだった」の答え。「優勝できなかった、とは思っていない。準優勝できたことを喜びたい」。これからは、商品開発に会社の経営資源を集中するとのことだ。
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■うたかたの夢

それまで世界ラリー選手権やルマン24時間レースなどへの参戦経験があったトヨタが、最高峰F1に打って出たのは2002年から。
2000年にはドイツのケルンにシャシー・エンジンを製造する最新鋭のファクトリーをつくり、翌年はフランスのポール・リカール・サーキットを前線基地としてテスト期間にあて、同じグローバル企業のパナソニックをスポーンサーにつけ、国籍を問わず有能なスタッフを集め、とにかく万を持しての船出だった。

さらに2000年には富士スピードウェイを買収し、総工費約200億円ともいわれる巨費を投じ最新鋭化。日本GP誘致活動を水面下で進めた。

世界ナンバーワンの地位にのぼりつめようとしていた当時のトヨタにとって、フォーミュラワンは頂点に向かうための格好のシンボルであり、F1参戦は、技術力の向上などもあるが、世界規模のマーケティングに直結していたといっていい。

だが、屈指の資金力を背景に鳴り物入りで登場したものの、肝心の好成績はなかなかともなわなかった。
トヨタは8年間で140戦に出場。ライバルのホンダやBMW(いずれも2000年にエンジン供給再開、2006年からフルワークス参戦)が優勝(とはいえ1勝ずつ)を記録しているのに対し、トヨタのレース最高位は2位(5回)まで。表彰台13回、入賞87回、ポールポジションやファステストラップも各3回実現したが、頂点を極めたとはいいがたい。
コンストラクターズチャンピオンシップ最高位は2005年の4位。今シーズンは、序盤こそトップコンテンダーとして注目されたが、悲願の初勝利はならず、ランキング5位で終わった。厳しい言い方をすれば、中堅ポジションこそが定位置だった。

また2007年から2年間、念願の富士スピードウェイで日本GPを開催したものの、初年度は悪天候と運営面での不備で非難をあび、やがて1987年から20年間日本GPの舞台だった鈴鹿サーキットとの隔年開催が決まり、そして今年、交互開催すら断念せざるを得なかった(少なくとも来年から2年間、鈴鹿での開催が決定している)。

今回のトヨタの即時撤退の理由は、もちろん昨今の経済環境、とりわけ自動車業界への厳しい風当たりにある。まさにガリバーの如く成長した企業は、その巨躯を維持するのにも多くのエネルギーを要する。年間数百億円のF1費用が重荷になっても不思議ではない。

巨人が夢見た壮大な計画は、志半ばにしてはかなく消えた。

現場でチームを率いてきた山科専務は「ただただ、残念。がんばってきたみんなのことを思うと……」会見の場で、何度も涙をぬぐった。
F1については、これで完全撤退。チームを売却したり、エンジンを他チームに供給することはないという。
トヨタ、8年間のF1活動にピリオド

■大メーカー時代の終わり

1960年代、80〜90年代、そして2000年代と三期にわたってF1で戦ってきたホンダは、2008年12月に突如即時撤退を表明した。またBMWも今年7月に2009年いっぱいで参戦を取りやめることを決めた。冒頭に記したとおり、1997年からF1を足元から支えてきたブリヂストンも2010年でタイヤ供給をストップする。

立て続けにF1を去る巨大企業だが、その背景に経済的理由があることはもちろんだが、F1をはじめとするモータースポーツと企業の付き合い方が変化してきているとも考えられる。
特に1990年代後半から2000年代にかけては、フォード(ジャガー)やルノー(ベネトンを買収)、タイヤメーカーではミシュランなど、こぞってF1に流れ込んだ。しかしコスト高騰や不況下の本業回帰の波に襲われると、撤退を決めるメーカーが続出した。

自動車メーカーはF1で培った技術力を市販車にフィードバックする、という考えはもはや過去のもの。1000分の1秒という、路上ではあまり価値を持たない世界での激しい競争と、いま求められている環境性能は簡単には折り合わない。大メーカーは、マーケティング、イメージ戦略というカタチのないものにすがるしかなくなってきた。

「トヨタはモータースポーツ活動を、クルマの持つ『夢』や『感動』をお客様にもたらす大切なものと位置づけており、F1には、2002年以降8年にわたって参戦してきた。多くのチームがしのぎを削る、最高峰のレースへの挑戦は、トヨタのブランド認知度・信頼度の向上や、技術開発、人材育成など、様々な面でトヨタに多くのメリットをもたらしてくれた、かけがえの無い貴重な経験であった」(トヨタのプレスリリースより)

「夢や感動」に、いくらかけられるのか。いま、その天秤が片側に大きく傾いているように思える。

■60年の歴史のなかで

しかし、メーカー撤退というニュースはネガティブなものとは限らない。元ホンダは、チーム代表のロス・ブラウンがオーナーとなるというウルトラC級の技で何とか今年の開幕戦にマシンを並べ、さらにジェンソン・バトンの大活躍で初年度ダブルタイトル獲得という奇跡を起こした。
さらにコスト削減を推し進め新規参入チームを募ると、多くの候補が手を挙げ、うち4チーム(カンポス・メタ、US F1、マノー、ロータス)がF1サーカスの一員になることが決まっている。

F1と自動車メーカーは、つかず離れずの関係で60年間をともにしてきた。そう考えれば、相次ぐ撤退にびくびくすることもない。

(文=bg)

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