第268回:普通のボルボおじさんが熱かったころ

2012.10.26 エッセイ

第268回:普通のボルボおじさんが熱かったころ

普通のボルボがいい

先日開催されたパリモーターショーで、ボルボは「V40」のクロスカントリー仕様を公開した。近年ボルボはますますスタイリッシュになっている。だが、ボルボというと、かたくななまでの質実剛健的イメージがいまだ脳裏に残るボクである。小学生時代、やたら地味だった同級生の女の子が、大人になって妙にきれいになってしまったようで、どうも落ち着かない。

そんなボクは、ボルボにおける、特に歴代ベースモデルの素朴さが好きである。その起源は「300」シリーズだ。1970年代初頭、オランダのDAF社によって自社製小型車の後継車として開発が開始されたが、その後同社がボルボに吸収されたことから、1976年にボルボブランドとしてデビューしたモデルである。

300シリーズは、1990年のフランス映画『恋愛小説ができるまで(原題 LA DISCRETE)』にも登場した。パリの売れない作家が友人にそそのかされ、若い娘をだまして虚偽恋愛をし、それを小説にすることを企てるというストーリーだった。そのちょっとさえない作家と300は妙によくマッチしていたものだ。
300シリーズで始まったボルボのベーシックモデルは91年に「400」シリーズとなり、やがて1995年に初代「S40」「V40」なった。

いっぽうで、そうした初代S40/V40までの“オランダ工場系”ボルボは、上級モデル以上に堅実な匂いがする。それゆえ欧州におけるそのオーナーたちは「クルマ談義オーケー」なムードが薄いというのも、これまた事実だった。ボクがクルマ談義好きなのにもかかわらずである。

包丁研師のアントニオと1983年型の初代「ボルボV40」。
包丁研師のアントニオと1983年型の初代「ボルボV40」。
彼の「V40」は1.9リッターディーゼル仕様である。
彼の「V40」は1.9リッターディーゼル仕様である。
今年の夏休みには、南イタリアまで片道600kmを1日で走りきったという。
今年の夏休みには、南イタリアまで片道600kmを1日で走りきったという。

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大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト。国立音楽大学ヴァイオリン専攻卒にして、二玄社『SUPER CG』元編集記者、そしてイタリア在住20年という脈絡なき人生を歩んできたものの、それだけにあちこちに顔が広い。今日、日本を代表するイタリア文化コメンテーター。10年以上にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストをはじめラジオでも活躍中。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『カンティーナを巡る冒険旅行』『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(ともに光人社)、電子書籍『イタリア式クルマ生活術』(NRMパブリッシング)など数々の著書・訳書あり。