自動車不況なんて怖くない!? 〜恒例の「ニューイヤーミーティング」開催

2009.01.26 自動車ニュース

自動車不況なんて怖くない!? 〜恒例の「ニューイヤーミーティング」開催

自動車不況なんて怖くない!? 〜恒例の「ニューイヤーミーティング」開催

2009年1月25日、東京・お台場で、JCCA(日本クラシックカー協会)主催の新春恒例のヒストリックカーイベント「ニューイヤーミーティング」が開かれた。

コンクールデレガンスの対象となったいすゞ車の1台。1962年にデビューしたいすゞ初のオリジナル乗用車である「ベレル」の64年式「2000スペシャルデラックス」。相当に希少な個体である。
コンクールデレガンスの対象となったいすゞ車の1台。1962年にデビューしたいすゞ初のオリジナル乗用車である「ベレル」の64年式「2000スペシャルデラックス」。相当に希少な個体である。
コンクールデレガンスにちなんだ特別展示。手前は69年日本グランプリに出走した、いすゞ初のプロトタイプスポーツである「いすゞR6」。いすゞ117クーペやベレット1600GTRに積まれたのと基本的に同じDOHC1.6リッターエンジンをミドシップする。奥は「日野コンテッサ1300クーペ」の派生モデルとして、66年にわずか20台だけ作られたという「コンテッサ1300クーペL」。「L」は「ライトウェイト」の意味で、薄板鋼板などで軽量化されたボディを持つレース用のホモロゲーションモデル。
コンクールデレガンスにちなんだ特別展示。手前は69年日本グランプリに出走した、いすゞ初のプロトタイプスポーツである「いすゞR6」。いすゞ117クーペやベレット1600GTRに積まれたのと基本的に同じDOHC1.6リッターエンジンをミドシップする。奥は「日野コンテッサ1300クーペ」の派生モデルとして、66年にわずか20台だけ作られたという「コンテッサ1300クーペL」。「L」は「ライトウェイト」の意味で、薄板鋼板などで軽量化されたボディを持つレース用のホモロゲーションモデル。
1960年に誕生したマツダ初の乗用車である「R360クーペ」。空冷4ストロークV型2気筒360ccエンジンをリアに積んだ可愛らしい2+2(定員は4名だが、実際には後席は子供しか座れない)クーペ。残存台数は少なく、3台並んだ姿はめったに拝めるものではない。
1960年に誕生したマツダ初の乗用車である「R360クーペ」。空冷4ストロークV型2気筒360ccエンジンをリアに積んだ可愛らしい2+2(定員は4名だが、実際には後席は子供しか座れない)クーペ。残存台数は少なく、3台並んだ姿はめったに拝めるものではない。

■不況の影響は?

1977年の初回から数えて33回目の開催となる「ニューイヤーミーティング」。ここ数年は天候に恵まれているが、中でも今回はとびきりのイベント日和だった。空は文字通り雲ひとつない快晴、そして幸いなことにほとんど無風状態だったため、天気予報では寒い一日とのことだったが、日なたにいる限り震えるような思いは皆無だった。

十数年来このイベントを訪れているリポーターにとって、取材の楽しみは「どんなニューカマーが来ているか?」ということなのだが、今回はそれに加えてもうひとつ興味があった。底の見えない、未曽有の自動車不況が進行しつつある現在、旧車趣味の世界はどうなっているのか? 不況の影響は出ているのか? ということである。

結論からいうと、少なくとも表面的には影響はほとんど感じられなかった。個人出展車両こそ過去最高だった353台から316台に減っていたものの、スワップミートやオートジャンブル(プロによる出店)はほぼ同数。クラブスタンドは逆に55から72に増えており、個人出展していたあるオーナーから「今回はクラブでエントリーしたかったのだけれど、いっぱいだからと断られた」という話まで耳にしたからである。いっぽうギャラリーも、午前9時の開場を待つ人が1時間以上前から入口前にズラリと整列。好天にも後押しされ、時間の経過とともに会場の人口密度はどんどん増し、例年に比べてその数が減っているようには思えなかった。

もっとも不況の影響がまったくなかったといえばウソになる。閉会近くなって数名の顔見知りのスワップミート出店者に印象を尋ねたところ「客足は悪くなかったが、高額商品の動きが鈍かった。やはり財布のヒモが固くなっている」という意味合いのコメントが聞かれたからだ。

■テーマカーは日野といすゞ

とはいうものの、集まった人々の表情は明るく、会場内は活気に満ちていた。自動車専門誌編集長およびモータージャーナリストが審査員を務めるコンクールデレガンスの表彰式で、ある審査員が「不況で仕事が短縮されたら、そのぶんの時間をクルマいじりにまわせる、とポジティブに考えられるような人が、今日のエントラントをはじめ旧車好きには多いことを期待したい」と語っていたが、リポーターも同意見である。

愛好家同士の、年に一度の顔合わせという本来の趣旨からいえば当然なのだが、プログラムに目新しいものはない。毎回、特定のメイク(メーカー)あるいは生産国(イギリス車、ドイツ車など)をフィーチャーしてコンクールデレガンスを実施しているが、今回のテーマカーは日野といすゞだった。双方とも乗用車生産から撤退して久しいメーカーだが、日野車が5台、いすゞ車が25台の計30台がエントリー。中には非常に希少なモデルもあり、来場者の注目を浴びていた。

(文と写真=田沼 哲)

1954年に誕生し、現在もその名が残るキャブオーバートラックであるトヨタの「トヨエース」。これは2代目の後期型となる68年式、それも「青4」のシングルナンバーが光る未再生原形車。オーナーの佐藤誠治さんはご家族連れで参加、2人のお子さんは荷台で楽しそうに遊んでいた。人車ともに微笑ましい、今回のファミリー大賞。
1954年に誕生し、現在もその名が残るキャブオーバートラックであるトヨタの「トヨエース」。これは2代目の後期型となる68年式、それも「青4」のシングルナンバーが光る未再生原形車。オーナーの佐藤誠治さんはご家族連れで参加、2人のお子さんは荷台で楽しそうに遊んでいた。人車ともに微笑ましい、今回のファミリー大賞。
スワップミートでお宝を物色する人、人、人……。
スワップミートでお宝を物色する人、人、人……。
メインイベントであるコンクールデレガンスの授賞式。手前は「カーグラフィック賞」を受賞した66年式「いすゞベレット1500デラックス」。新車時からの「多摩5」のシングルナンバーを付けた、塗装からなにからすべてオリジナルという逸品である。
メインイベントであるコンクールデレガンスの授賞式。手前は「カーグラフィック賞」を受賞した66年式「いすゞベレット1500デラックス」。新車時からの「多摩5」のシングルナンバーを付けた、塗装からなにからすべてオリジナルという逸品である。

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