第19戦アメリカGP「13点差で最終決戦へ」【F1 2012 続報】

2012.11.19 自動車ニュース

【F1 2012 続報】第19戦アメリカGP「13点差で最終決戦へ」

2012年11月18日、アメリカのテキサス州オースティンに新設されたサーキット・オブ・ジ・アメリカズで行われたF1世界選手権第19戦アメリカGP。5年ぶりの同GPでは、3連覇に王手をかけたセバスチャン・ベッテルと、タイトル争いとは無縁ながら好走を披露したルイス・ハミルトンのつばぜり合いが繰り広げられた。そして予選で失敗し中位に埋もれたランキング2位のフェルナンド・アロンソは、チームの総合力で挽回し、最終戦ブラジルGPに望みをつないだ。

■F1とアメリカの新しい関係

“自由の国”を掲げるアメリカは自動車の国でもある。広大な国土に3億人以上が住み、GDPナンバー1の地位を堅持するこの大国は、自動車の生産と消費で常に世界をリードしてきた。そこには独自の自動車文化が育まれ、その特異性は、モータースポーツにも波及していった。

ゼロヨンのドラッグレースや楕円(だえん)形のオーバルコース、土埃(ぼこり)を巻き上げダートトラックを疾走するミゼットレースもあれば、「パイクスピーク」に代表されるヒルクライムレースもある。いずれも単純明快、勝負が最後まで分からないというスペクタクルが尊重された、アメリカ人に受けのいいコンペティションばかりである。

そのユニークなモータースポーツ文化を持つアメリカと、ヨーロッパ発祥のF1の付き合いは、半ば“遠慮がち”に始まったといっていい。F1が世界選手権としてスタートを切った1950年からしばらくは、1911年から開催されている先輩格のインディアナポリス500マイルレースを“間借り”し、F1レースとしてカウントされていた。とはいえヨーロッパ勢はほとんど参戦せず、名実ともに正式な「アメリカGP」の開催は、フロリダのセブリングを舞台とした1959年まで待たねばならない。

翌年のリバーサイドを挟み、1961年から20年間、ニューヨーク州にある名パーマネントコース、ワトキンズ・グレンでGPが開かれた。1976年からは、こちらも有名なカリフォルニアの市街地コース、ロングビーチを加えて1国2開催体制へ。この時期はアメリカとF1の蜜月時代とみることができ、2人のアメリカ人ワールドチャンピオンも誕生した(1961年フィル・ヒル、1978年マリオ・アンドレッティ)。

だがやがて、アメリカでのF1は迷走を始める。ラスベガス、ダラス、デトロイト、フェニックスと、特徴のないストリートコースでの散発的なレースが続き、1991年を最後にしばらくカレンダーからアメリカGPの名前が消えることになった。ちょうどこの頃、全盛期を謳歌(おうか)していたアメリカン・オープンホイールシリーズのCARTにお株を奪われたかっこうのF1は、新大陸での人気低迷という現実を突きつけられた。

2000年、アメリカン・モータースポーツの聖地、インディアナポリスを改良した新コースでアメリカGPが復活する。当初はオーバル(の一部)をF1マシンが疾駆するという光景に観客は新鮮さをおぼえたが、折しもF1はミハエル・シューマッハーの絶頂期で勝者が固定化され、面白みを欠いていた(シューマッハーは、最初の引退までの同GP7戦で5勝している)。さらに2005年には、ミシュランタイヤの信頼性不安でブリヂストン勢の6台しか出走しないという前代未聞の事件が起き、F1はかの地にいるファンからの信頼を失ってしまった。

2000年代、アメリカ人が夢中となったのはNASCARシリーズだった。毎週全米各地のオーバルを、ハイテクとは無縁の市販車に近いイメージのストックカーがグルグルとまわるドメスティックカテゴリーにかなわず、2007年を最後に再びF1とアメリカは別離することになった。

F1はアメリカで根付かないというジンクスを覆さんと、今年、再びGPが戻ってきた。背景にあるのは、F1からの猛烈なラブコールである。F1にスポンサーマネーを投下するような国際企業にとって、アメリカ市場を素通りすることは大きな機会損失だ。ただでさえ世界経済は不透明感を払拭(ふっしょく)できず、特にF1の基盤であるヨーロッパ経済が危機から脱していない状況で、F1は巨大マーケットであるアメリカを是が非でも取り込みたい。そうでなくともF1は“ワールドチャンピオンシップ”であり、世界随一の自動車大国でレースがないこと自体不自然ともいえた。

再会(再開)の場所として選ばれたのはテキサス州のオースティン。かつて石油産業で栄え、今では全米上位500社がランキングされる「フォーチュン500」の企業が多く集まる、人口、面積ともにアメリカ第2位の州である。同国史上初めてF1のためにあつらえたサーキット・オブ・ジ・アメリカズ(通称COTA)が戦いの舞台として用意された。

全20戦中19戦目となる新生アメリカGPは、セバスチャン・ベッテルの3連覇がかかる重要な一戦となった。2012年のタイトル争いが最終局面を迎えた今、F1とアメリカの新しい関係は、第一歩を踏み出した。

■ベッテル、100戦目に36回目のポールポジション

COTAのレイアウトは、1990年代後半から新しいGPサーキットのほとんどを手がけてきたヘルマン・ティルケがデザインしたもの。全長5.5kmのコースは、直線やターンの組み合わせに判で押したかのような類似点、いわゆる“ティルケ・サーキット”の特徴が認められるが、しかしCOTAには突出して際立つ、ターン1というユニークなコーナーがある。

メインストレートから見ると絶壁のような急な上り坂で、しかも左に曲がるコーナーの出口は下り坂ゆえにドライバーはブラインド状態でステアリングを切らなければならない。ターン3から6は左右コーナーが連続するリズミカルな区間、ヘアピンのターン11を過ぎるとDRSゾーンとなる1km強のストレートが伸び、オーバーテイクを促進する狙いのターン12でドライバーに急減速をしいる。ターン16から18は、ティルケ作品の中ではめずらしい(?)名コーナー、トルコのターン8をほうふつとさせる。

誰にとっても難しい未知のサーキットで行われるチャンピオン決定戦は、3回のプラクティスすべてでベッテルがトップタイムをマークして始まった。その勢いは土曜日の予選でも衰えず、タイトル獲得に王手をかけたレッドブルのエースは、今シーズン6度目、記念すべき自身100戦目で通算36回目のポールポジションを獲得した。

約10分の1秒差でルイス・ハミルトンが2番手、マーク・ウェバーが3番手に入り、マクラーレンがレッドブルのフロントロー独占を阻んだ。ロータス勢は好調で、ロメ・グロジャンが予選4位、前戦アブダビGPウィナーのキミ・ライコネンは同5位。だがグロジャンはギアボックス交換により5グリッド降格となってしまった。

残る2戦で現役引退となるメルセデスのミハエル・シューマッハーが繰り上がりで5番グリッド。フェラーリのフェリッペ・マッサ、フォースインディアのニコ・ヒュルケンベルグと続き、ベッテルを10点差で追うフェラーリのフェルナンド・アロンソは大苦戦の予選9番手(8番グリッド)に甘んじた。

■マッサを“犠牲”にしたフェラーリの作戦

もしポイントリーダーのベッテルがポール・トゥ・ウィンを達成してしまうと、アロンソは4位より上でフィニッシュしない限り、ベッテルに栄冠を奪われてしまうことになる。レース中のライバル攻略もさることながら、グリッド中位となったことで、フェラーリとアロンソは日本GPで起きたようなスタート直後の混乱に巻き込まれる可能性を懸念しなければならなかった。

だがそれより大きな心配事は、アロンソが走行ラインを外れた、不利な偶数グリッドからスタートするということだった。ただでさえ初開催のCOTAはコースが滑りやすく、加えて気温が予想より低かったため、ピレリが持ち込んだミディアム&ハードタイヤはなかなか路面をつかんでくれない。スタートの失敗はフェラーリにとって致命的ともいえた。

そこでスクーデリアは奇策に打って出た。レース前、6番グリッドのマッサのギアボックスを“交換したこと”にし、5グリッド降格のペナルティーを“わざと”受けたのだ(実際に交換作業は行わず、ギアボックスのシールを剝がしただけ)。これによりアロンソはよりグリップする奇数グリッドの7番グリッドに繰り上がり、さらに降格したマッサも同様にクリーンな11番グリッドを得られた。

フェラーリは、総力をあげてアロンソのタイトル獲得をバックアップした。これにいつもレースで持ち直す「F2012」のペースと、アロンソ得意の追い上げ、そしてレッドブルのトラブルに期待をつなぎ、レースデイを迎えた。

■ベッテル対ハミルトンのマッチレース

秋晴れの決勝日、スタートで首位をキープしたベッテルに対し、2番グリッドのハミルトンは蹴りだしが悪く、代わりにウェバーが2位に割って入った。3位に落ちたマクラーレンの背後には、何と7番グリッドのアロンソが一気にジャンプアップ。フェラーリの作戦は早々に結実した。

この日、レッドブルが1-2フォーメーションを維持し逃げ切ることはなかった。ハミルトンは56周レースの4周目、バックストレート直後のターン12でウェバーを抜き2位の座を奪還。そこからはベッテルとハミルトンのマッチレースとなった。
ベッテルのリードは3秒と開くことなく、一時はハミルトンが1秒前後まで詰め寄ったが、マクラーレンのミディアムタイヤが先に音を上げ、20周を終え最初で最後のピットストップに踏み切った。

翌周には首位ベッテルもピットに入り、ハミルトン同様唯一のタイヤ交換でハードにスイッチ。するとトップ2台の差は徐々に縮まり、ついにはマクラーレンはDRSを作動できる1秒以内にまで接近した。一方、レッドブルは抜群のトラクション性能を武器にストレートエンドで応戦。真後ろのマクラーレンを駆るハミルトンはイライラを募らせることになった。

残り15周を切った時点で、ベッテルとハミルトンの前に周回遅れのHRTのマシンが現れた。これで若干頭を抑えられたベッテルに、バックストレートでハミルトンが襲いかかった。42周目、マクラーレンがついにトップを奪取した。

ハミルトンにとっては9月の第13戦イタリアGP以来となる今季4勝目。第14戦シンガポールGP、前戦アブダビGPで起こった、トップ快走中のメカニカルトラブルがなければ、ひょっとするとタイトル争いの中心にはハミルトンがいたかもしれない。それほど今年のハミルトンの力走はトラブルにより報われずに終わっていた。

2位に落ちたベッテルだったがハミルトンから離されることなく、最終的に0.6秒差でチェッカードフラッグをくぐり抜けた。100戦目を勝利で飾ることはできなかったが、宿敵アロンソの前でゴールすることができたことは何よりも大きい。
さらにベッテルは、チームに18点を追加したことで、レッドブルに3年連続のコンストラクターズチャンピオンをプレゼントすることに成功した。

■アロンソ3位表彰台、13点差で最終戦へ

スタートで4位にジャンプアップを果たしたアロンソに吉報が届いたのは17周目のこと。前を走るウェバーのレッドブルが突如スローダウン、リタイアし、3位の座が転がり込んできたのだ。

ウェバーに起きたトラブルの原因は、オルタネーターの故障。今年ヨーロッパGPで首位走行中のベッテルをリタイアに追い込み、またイタリアGPでもベッテルのマシンで再発した、レッドブルのアキレスけんであるパーツだった。

同じ問題が先行するベッテルの身に降りかかることはなかったが、7番グリッドから3位表彰台で、何とか最終戦までタイトルの可能性を残した。

273点のベッテルに、260点のアロンソ。手に入るポイントは最大25点、両者の間には13点の開きがある。ベッテルが優位なポジションにいることは疑いようもないが、次の最終戦、夏前のブラジルでは、読めない天候が番狂わせを引き起こすこともあれば、レッドブルのオルタネーターがまたしても壊れることもあり得る。

史上最多の20戦で争われる2012年シーズンは、11月25日、南半球でフィナーレを迎える。最後に笑うのは果たしてどちらか?

(文=bg)

5年ぶりのアメリカGPを制した、マクラーレン・メルセデスのルイス・ハミルトン(写真右)。今シーズン4勝目、自身通算21勝目を飾った2008年チャンピオンは、今季限りで離れるマクラーレンのボス、マーティン・ウィットマーシュと表彰台で喜びを分かち合った。(Photo=McLaren)
5年ぶりのアメリカGPを制した、マクラーレン・メルセデスのルイス・ハミルトン(写真右)。今シーズン4勝目、自身通算21勝目を飾った2008年チャンピオンは、今季限りで離れるマクラーレンのボス、マーティン・ウィットマーシュと表彰台で喜びを分かち合った。(Photo=McLaren)
アメリカで初めて、F1開催のために新設された「サーキット・オブ・ジ・アメリカズ」(通称COTA)。その名物コーナーとなるであろう、急な上り坂のターン1めがけて突進していく24台のGPマシンたち。奇数グリッドが並ぶ走行ライン上のアウトサイド(写真左側)と、汚れた偶数グリッド側でスタートの明暗が分かれた。(Photo=Red Bull Racing)
アメリカで初めて、F1開催のために新設された「サーキット・オブ・ジ・アメリカズ」(通称COTA)。その名物コーナーとなるであろう、急な上り坂のターン1めがけて突進していく24台のGPマシンたち。奇数グリッドが並ぶ走行ライン上のアウトサイド(写真左側)と、汚れた偶数グリッド側でスタートの明暗が分かれた。(Photo=Red Bull Racing)
予選で10分の1秒差の2位につけたハミルトンは、スタートで3位に後退するもすぐにマーク・ウェバーを抜き2位の座を奪還。トップのセバスチャン・ベッテルを視野に捉えながら機をうかがい、42周目、周回遅れに一瞬つまったレッドブルをオーバーテイクすることに成功した。ハミルトンはインディアナポリスでの5年前のレースに次いでアメリカGP2連勝。(Photo=McLaren)
予選で10分の1秒差の2位につけたハミルトンは、スタートで3位に後退するもすぐにマーク・ウェバーを抜き2位の座を奪還。トップのセバスチャン・ベッテルを視野に捉えながら機をうかがい、42周目、周回遅れに一瞬つまったレッドブルをオーバーテイクすることに成功した。ハミルトンはインディアナポリスでの5年前のレースに次いでアメリカGP2連勝。(Photo=McLaren)
カナダGPで大クラッシュしたロバート・クビサの代役として、2007年のアメリカGPでBMWザウバーからF1デビューを飾ったベッテルは、くしくも同じ国で100戦目のメモリアルレースを迎えた。3連覇に王手をかけた今回、今シーズン6回目のポールポジションから首位を守り続けたが、目の前のバックマーカーを抜くのに手間取り、ハミルトンにその隙を突かれ結果2位でゴールした。タイトルを争うランキング2位のフェルナンド・アロンソが3位で終わったことで、10点あったポイント差は13点に拡大。1週間後の最終戦ブラジルGPで、史上最年少のトリプルワールドチャンピオンを目指す。(Photo=Red Bull Racing)
カナダGPで大クラッシュしたロバート・クビサの代役として、2007年のアメリカGPでBMWザウバーからF1デビューを飾ったベッテルは、くしくも同じ国で100戦目のメモリアルレースを迎えた。3連覇に王手をかけた今回、今シーズン6回目のポールポジションから首位を守り続けたが、目の前のバックマーカーを抜くのに手間取り、ハミルトンにその隙を突かれ結果2位でゴールした。タイトルを争うランキング2位のフェルナンド・アロンソが3位で終わったことで、10点あったポイント差は13点に拡大。1週間後の最終戦ブラジルGPで、史上最年少のトリプルワールドチャンピオンを目指す。(Photo=Red Bull Racing)
17周目、それまで3位を走行していたウェバーのレッドブルが突如失速、リタイアした。原因は、この常勝チームのアキレスけんであるオルタネーターの故障だった。既に今年2回ベッテルを襲っているこの問題は、ここアメリカで3年連続となるコンストラクターズチャンピオンの称号を手に入れたレッドブルにとって、切実な懸念材料のひとつ。最終戦で再発すれば、ベッテルのタイトル争いに決定的な打撃を与えかねない。(Photo=Red Bull Racing)
17周目、それまで3位を走行していたウェバーのレッドブルが突如失速、リタイアした。原因は、この常勝チームのアキレスけんであるオルタネーターの故障だった。既に今年2回ベッテルを襲っているこの問題は、ここアメリカで3年連続となるコンストラクターズチャンピオンの称号を手に入れたレッドブルにとって、切実な懸念材料のひとつ。最終戦で再発すれば、ベッテルのタイトル争いに決定的な打撃を与えかねない。(Photo=Red Bull Racing)
予選でタイヤをあたため切れず、不本意な9位に終わったフェラーリのアロンソ。ロメ・グロジャンのペナルティーで8番グリッドに繰り上がったが、偶数グリッドは走行ラインの外でスタートに不利だった。そこでチームは6番グリッドのフェリッペ・マッサにわざとギアボックス交換のグリッド降格ペナルティーを受けさせ、アロンソを7番グリッドに“移動”。レースではこの策が奏功しスタートで4位に、ウェバーのリタイアで3位に上がりそのままゴール。何とか次の最終戦までタイトル獲得の望みをつなげた。(Photo=Ferrari)
予選でタイヤをあたため切れず、不本意な9位に終わったフェラーリのアロンソ。ロメ・グロジャンのペナルティーで8番グリッドに繰り上がったが、偶数グリッドは走行ラインの外でスタートに不利だった。そこでチームは6番グリッドのフェリッペ・マッサにわざとギアボックス交換のグリッド降格ペナルティーを受けさせ、アロンソを7番グリッドに“移動”。レースではこの策が奏功しスタートで4位に、ウェバーのリタイアで3位に上がりそのままゴール。何とか次の最終戦までタイトル獲得の望みをつなげた。(Photo=Ferrari)
コンストラクターズランキング5位の座をメルセデスから奪わんとしているザウバーだが、シーズン終盤にきて失速。アメリカGPでも、セルジオ・ペレスが予選15位からポイント圏外の11位完走、小林可夢偉(写真)は同16位から14位でレースを終え、無得点だった。最終戦を残し、メルセデスとのギャップは12点ある。(Photo=Sauber)
コンストラクターズランキング5位の座をメルセデスから奪わんとしているザウバーだが、シーズン終盤にきて失速。アメリカGPでも、セルジオ・ペレスが予選15位からポイント圏外の11位完走、小林可夢偉(写真)は同16位から14位でレースを終え、無得点だった。最終戦を残し、メルセデスとのギャップは12点ある。(Photo=Sauber)

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