第64回:Roy Graceを偲ぶ(その2)

2007.09.01 エッセイ

第64回:Roy Graceを偲ぶ(その2)

ニューヨークはマディソン・アベニューにあるDDBオフィスで、ロイ・グレース氏に会った金子秀之氏は、次のような会話をかわした。

アメリカンツーリスター「ゴリラ」
第64回:Roy Graceを偲ぶ(その2)
フォルクスワーゲン「お葬式」
第64回:Roy Graceを偲ぶ(その2)

アイディアはどこにでも

金子:この10数年間、あなたと文通ばかりしていましたが、今日初めてお会いできて、非常にうれしく思います。グレース:私もうれしい。あなたの手紙は、全部とってありますよ。
金子:あなたは本当に優れたアイディアをおもちだが、広告のアイディアを考えるとき、一人で考えるのですか? それともグループで考えるのですか?
グレース:私の場合、ひとりです。
金子:あなたは、一度DDBを退社されたのに、またDDBへ戻られた。日本では考えられないことですが、どうして古巣に復帰されたのですか?
グレース:Mr.バンバック(3名いるDDB創始者の一人)が私を必要としていたし、私もまた、バンバックを必要としたからです。
金子:あなたの作品、American Touristerの「ゴリラ」は、ゴリラの檻にカバンを入れてみないことには、ああいう(広告のような)結果になるかどうかわからないのに、アイディアの段階でどうしてそれが予想できたのですか?
グレース:ゴリラの反応は、本で読んだのです。でも、あそこまでうまくいくとは思わなかった。
金子:VWの「葬式」は、どういうヒントからあのアイディアが生まれたのです?
グレース:私は、ウィークエンドに郊外にあるセカンドハウスに行く。あるとき、そこへ向かう途中でお葬式に出会った。葬式は、クルマの広告に使うモチーフとしては、一番いけないことだと思った。それを、なんとか逆手にとった面白い作品ができないか、そう考えたのがあの作品です。
金子さん、アイディアは、われわれのまわりにイッパイある。それは業界誌だったり、週刊誌、新聞など、いろいろなところにころがっている。いいディレクターは、よいアイディアをピックアップする。駄目なディレクターは、それを見逃すだけなのだ。

わずか小一時間の話し合いだったが、なんて頭のよい人だろうと衝撃を受けた。私は仕事の関係で、いろいろな方々とお会いしている。お話していて、この方は頭のいい方だと思うこともたくさんあったが、グレース氏ほど私にしょっくを与えた人はいなかった。
その後、彼はDDBを退社し、グレース・ロス・チャイルド社を設立。ランド・ローバー社の広告を制作していた。

彼のご冥福をお祈りする意味を込めて、彼の作品を何点か紹介していこう。なお、作品の年号は広告賞受賞の年であり、制作はその1年ぐらい前である。

(文=金子秀之/2003年9月)

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金子 秀之

金子 秀之

早稲田大学商学部卒業。資生堂のアートディレクターとして前田美波里のサマーキャンペーンを担当。1973年博報堂のクリエイティブ・ディレクターとして、サントリーの「ブランディ水で割ったらアメリカン」キャンペーンを手がける。1993年(有)クエスターを設立。広告製作及び海外広告の紹介をして現在にいたる。