第6回:フィアット500のデザイナーと「お茶の水博士」(大矢アキオ)

2007.09.01 エッセイ

第6回:フィアット500のデザイナーと「お茶の水博士」

デザインの殿堂でも紹介される

今週は、フィアット・デザインの最新事情のお話。
ここのところ、イタリアのデザイン誌や経済誌で脚光を浴びている男がいる。
新型「フィアット500」のスタイリスト「ロベルト・ジョリート」である。
ジョリートは今年45歳。社内では、「フィアット・ランチア・小型商用車スタイル・内装・イノベーションスタイル責任者」という長い肩書きと広い責任範囲が与えられている。
今年春には、泣く子も黙るデザインの殿堂「ミラノ・トリエンナーレ美術館」に新型500のプロトタイプ「トレピゥーノ」が展示され、彼の名前が紹介された。

長いトンネルの果てに

しかし、ジョリートの才能が世に知られるには、若干の時間を要したことも確かだ。
彼はローマ工芸高等学院を卒業後、1987年からフリーランスとして活動したのち、2年後の89年にフィアット・スタイリングセンターに入った。そしていくつかのコンセプトカーや量産車の開発に参画する。

1998年「ムルティプラ」では3+3座という、革新的なレイアウトを提案。カーデザイン界に大きな衝撃を与えたものの、商品としてはメインストリームとならず、人々の関心は、陰りが差したフィアットの経営状態に目がいってしまった。

次に彼が手がけた2000年「エコベーシック」も、大胆なデザインかつ、コンパクトカーとしてのまじめなコンセプトから、気の早い一部の欧州系メディアは「2代目パンダか? 」と騒ぎ立てたが、ショーカーにとどまった。

いずれも、彼自身の能力というよりも、問題は当時の会社にあった。フィアット自体はすでに長く暗い経営危機のトンネルに入りはじめていたのだ。
経営陣はめまぐるしくかわり、スタイリングセンターにおける彼の上司も次々と変わった。

そんな苦境のなかで開発されたのが前述の「トレピゥーノ」だった。
彼が筆者に明かしてくれたところによると、「元祖500をモチーフに、格納式のダッシュボードをはじめとする革新性を盛り込み、他のフィアットへの応用の可能性を探ったもの」という。

ところが2004年3月のジュネーブモーターショーでヴェールをとった途端に大きな喝采を浴び、その年のうちに生産化が決定された。

R.ジョリート(左)。趣味はジャズベースで、年数回ライブにも出る。
第6回:フィアット500のデザイナーと「お茶の水博士」
ジョリートが関与した作品の1台。「プラーヴァ(1995年)」
第6回:フィアット500のデザイナーと「お茶の水博士」(大矢アキオ)
ムルティプラ外装のイメージスケッチ。
第6回:フィアット500のデザイナーと「お茶の水博士」(大矢アキオ)
ムルティプラ内装のイメージスケッチ。
第6回:フィアット500のデザイナーと「お茶の水博士」(大矢アキオ)

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大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト。国立音楽大学ヴァイオリン専攻卒にして、二玄社『SUPER CG』元編集記者、そしてイタリア在住20年という脈絡なき人生を歩んできたものの、それだけにあちこちに顔が広い。今日、日本を代表するイタリア文化コメンテーター。10年以上にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストをはじめラジオでも活躍中。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『カンティーナを巡る冒険旅行』『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(ともに光人社)、電子書籍『イタリア式クルマ生活術』(NRMパブリッシング)など数々の著書・訳書あり。