ロータス・ヨーロッパ S(MR/6MT)【試乗記】
プライスはあるけど、クラスはない 2007.04.20 試乗記 ロータス・ヨーロッパ S(MR/6MT)……676万6000円
英国ヘセルからリリースされた、第2のアルミスポーツ、ヨーロッパS。2リッターターボをミドに積んだロータス流グランドツアラーとは?
たちまち虜に
「ロータス・ヨーロッパS」のシートにペタンと座る。太股の間から座面の下に手を伸ばしてシンプルなレバーを引くと、乾いた擦れた感触を残してシートが前に出た。地下の駐車場から、四角く明るい路上の出口へ。月並みな重さのクラッチをつなぐと、すぐに月並みでない運転感覚を得た。
軽い。硬い。
後で車検証の記載と確かめると、前軸車重360kg、後軸車重640kg、合わせて1000kgだから超絶的に軽量なわけではないのだが、ヨーロッパSをお借りした直後のメモには、こんなことが書いてある。
「アルミのように軽い」
まことに頭の悪い記述である。
硬い、というのは、サスペンションのことではなく、ボディ。地下から道路へのわずかな距離の坂道で、すぐに不思議な強靱さを感じた。しならない。ゆがまない。「さすがはアルミのバスタブ構造だ」と、今度はすこしはましな感想をいだいた記憶がある。
歩道を越え、ステアリングを切って公道に出る。パワーアシストはない。ヨーロッパSのフロントタイヤは175/55R17という控えめなサイズだが、据え切りや微速時のハンドルはさすがに重い。
しかしいったん動き出してしまえば、ひさしぶりに味わうダイレクトなフィール。胸が躍る。運転席からは盛り上がったフェンダーが左右によく見え、いつまでたっても車両感覚をつかむのが苦手なリポーターを安心させてくれる。同時に、ステアリング操作がフェンダーの下にあるタイヤに直接作用しているかの視覚的な錯覚を……、いや、実際に直接作用していないとエライことになるのだが、あたかもステアリングホイールのリムがそのまま前輪になったかのストレートな感覚がある。たちまち虜になる自分が可笑しい。
くすぐったい嬉しさ
ロータス・ヨーロッパSの日本での価格は、664万6500円。エリーゼのフィクストヘッド、エキシージ(627万9000円)より高く、スーパーチャージャーを備えたエキシージS(690万9000円)よりは安い。ポルシェ・ボクスター(579万円)と、ボクスターS(705万円)の間にある。
アルミ押し出し材をボンドとリベットで組んで形成した骨格にアルミパネルを貼るエリーゼ/エキシージと基本的に同じ製造手法だが、ヨーロッパSは、エリーゼ/エキシージの111系とは別の、121系に属するという。まったく別のモデルだといいたいのだ。
ホイールベースは、タイプ111の2300mmより30mm長い2330mm。オペルの「自動車製造100周年」記念モデル、スピードスターのそれと同じ。加えて、ドライバーが背負うエンジンもブリッツマーク由来の2リッターターボ(200ps、27.7kgm)だが、でも、バックヤードビルダーのオリジンを強固なアイデンティティのひとつにするロータスにとって、リュッセルスハイムのクルマとのコンポーネンツ共用を云々することは意味がない。
エリーゼ/エキシージは骨の髄からのスポーツカーだが、ヘセルの葉がグランドツアラーのしずくを落としたらヨーロッパSになった。GTらしく「フルレザーのインテリア」が謳われ、たしかにダッシュボードやドア内張に革が使われるが、たとえば「ポルシェ・ボクスター」や、より廉価な「アウディTT」と比較しても、ずいぶんと質素な内装だ。600万円超のクルマとして、自分の懐を痛めるユーザーのなかには、納得できない方が出るかもしれない。
一方、ファナティックなロータスファンは、空調関係の工業品然とした武骨なダイヤル類、シフターやパーキングブレーキのレバー、ABCペダルはもとより、インパネの下を横断する小モノ置きの仕切り、リアビューミラーに映るハッチのヒンジにいたるまで、随所に利かされるアルミのスパイスにくすぐったい嬉しさを感じるはずだ。
ロータスは華美に流れず。
明確な差別化。
潔さ。
涼やかな流れ
中原街道から首都高速2号線にのるころには、ドライバーはクスクス笑っている。
スロットルペダルを踏めばタービンが声をあげ、ペダルを離せばバルブがため息をつく。背中で4気筒が姦しい。「わずか2000rpmで最大トルクの90%に達する」と資料に記される2リッターターボだが、それでも回り始めはいささか意気地ない。でも、すぐに、タコメーターの針が「3」の目盛りを走り抜けるころには本領を発揮。そこから右側に針を置いておけば、ロータスSは、天駆けるアルミのバスタブ。ターボモデル特有の浮遊感をもって疾走する。
速い。
感銘を受けるのが乗り心地のよさで、むろんロータスのクルマだからおもてなしの柔らかさとは縁がないけれど、“スポーツカー”を言い訳にしない、“ハンドリング”を犠牲にしない、絶妙なバランス具合が保たれる。
ヨーロッパSをして「エリーゼではデイリーユースに適さないと考えているドライバーがターゲット」という説明を読んで、「それはまたえらくニッチな層を狙ったな」と思ったものだが、なるほど、これなら気負いなく毎日使うことができよう。
トラベルの長い6段MTとターボユニットの回転落ちの悪さがいささか緊張を削ぐけれど、操作に対するソリッドな反応がそれらを補って余りある。間髪入れず俊敏に曲がり、すばらしい瞬発力で前に飛び出す。踏力に精緻に比例して制動力が立ち上がる。なんというか“軽量ミドシップ”の恩恵だけでない、運転する行為の奥にある種のインテリジェンスが潜むような、単なる気のせいみたいな。
ロータス・ヨーロッパSは、いわばクラスレスのスポーツカーだ。見せびらかすには控えめで(目立つけど)、タイヤは細いし(ミドシップの保険)、アウトプットでハッタリを利かすこともない(でも十二分に速い)。素っ気ない内装にジョンブルを感じ(東洋の島国から)、ステアリングを切りペダルを踏むごとに悦びを見いだす(自分だけ)。欲しい人だけが手に入れる。蕩々と流れる本流にはならない。涼やかなせせらぎ。
(文=NAVI アオキ/写真=郡大二郎/『NAVI』5月号)

青木 禎之
15年ほど勤めた出版社でリストラに遭い、2010年から強制的にフリーランスに。自ら企画し編集もこなすフォトグラファーとして、女性誌『GOLD』、モノ雑誌『Best Gear』、カメラ誌『デジキャパ!』などに寄稿していましたが、いずれも休刊。諸行無常の響きあり。主に「女性とクルマ」をテーマにした写真を手がけています。『webCG』ではライターとして、山野哲也さんの記事の取りまとめをさせていただいております。感謝。