金持ちなのに古いBMWに固執

カルヴィンは、再びタイプライターに向かう。「ルビーはカルヴィンなしではいられない」と書き込むと、つれなくしていた彼女は別人のように情熱的な振る舞いを見せる。

奇妙なのは、カルヴィンがタイプライターで原稿を書いていることだ。パソコンで執筆して保存し、版元にもメールで送るのが当たり前の時代に、若い作家がこんな非効率な道具に固執するのは不思議である。同じことは、彼の愛車にも言える。彼が乗っているのは、「BMW 325iカブリオレ」だ。「E30」と呼ばれる2代目のモデルで、日本ではバブル時代に“六本木のカローラ”と名付けられていた。いいクルマだとは思うが、ベストセラーで大金持ちになったカルヴィンに似つかわしいとは思えない。プール付きのモダンな豪邸に住んでいるのだから、BMWの新車をキャッシュで買うことなど余裕である。

カルヴィンには、友達がいない。ルビーと二人っきりの生活が、彼の望みだ。余計なものが一切ない純粋な恋愛。まわりのことは気にせず、自分のやりたい方法で自分の好きなことをする。タイプライターを使って小説を書き、ちょっと古いクルマに乗り、恋人だって自分の好みがそのまま反映されている。何にも邪魔されない、完結した世界だ。心乱されることはない。しかし、ルビーにとってはあまりにも狭く、息苦しい。

非対称な関係は、必ず破綻に向かう。カルヴィンは、すべてを失うだろう。つらく悲しい出来事だが、それは成長の糧でもある。彼が執筆に戻るとき、もはやタイプライターは使わない。最新のiBookで創作を始めるのだ。

彼は、クルマも買い換えただろうか。できれば、古いBMWに乗り続けていてほしい気がする。心に残る傷跡を、忘れ去ってしまわないように。

(文=鈴木真人)

「BMW 325iカブリオレ」
1975年に販売が始まったBMWの主力モデルで、現在は6代目となっている。E30は2代目で、1982年から94年まで販売された大ヒット作。
「BMW 325iカブリオレ」
1975年に販売が始まったBMWの主力モデルで、現在は6代目となっている。E30は2代目で、1982年から94年まで販売された大ヒット作。 拡大

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『ルビー・スパークス』
12月15日(土)よりシネクイント他にて全国順次ロードショー。
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鈴木 真人

鈴木 真人

名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。

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