クライスラー300Cラグジュアリー(FR/8AT)【試乗記】
正統派フルサイズセダンの変身 2012.12.18 試乗記 クライスラー300Cラグジュアリー(FR/8AT)……538万円
モデルチェンジを受けたクライスラーのフラッグシップセダン「300」が上陸した。フィアット傘下でアメリカンフルサイズはどう生まれ変わったのか。
見違えるほどの出来栄え
近頃、おしゃれすぎるホテルやレストランなるものからすっかり足が遠のいてしまった。以前は物珍しさというか興味本位で、いわゆるデザイナーズホテルや和モダン旅館をいろいろとのぞいてみたものだが、まあ中身はほとんど似たようなものでそのうちに食傷気味になってしまった。もうカッコつける年でもないのに、わざわざ気疲れするためにホテルに泊まるのでは意味がない、と自分にとって本当に心地良く落ち着けるところを、素直に選べるようになった。もっと早くから確かな目を持て、という話だろうが、若いころはやはり見えというか新奇さへの憧れを捨てることができないものだ。その意味ではオヤジになるのも悪くない。
実は同じような“おしゃれ疲れ”を新型車が出るたびに感じていた。スポーツカーならいざ知らず、SUVからセダンまで皆、猫も杓子(しゃくし)もデザインの重要性を強調し、ダイナミックでスポーティーでアグレッシブなわがブランド独自のスタイル、なんて言われると、もうその形容詞を聞いただけで勘弁してほしいという気持ちになる。機能的にはあまり意味を持たない異様にアグレッシブなデザインのグリルや、LEDの個数を競うようなつり上がったヘッドランプなど、強烈な印象を与えることを最優先させたエモーショナルなデザインに晒(さら)されてちょっと疲れてしまっているのかもしれない。こういうのは“エモーショナル疲れ”とでも言うのだろうか。
そんな中で発売された「クライスラー300」を見ると、どこかほっとするだけでなく、今やかえって新鮮に感じるのだ。クライスラー・ジャパン改めフィアット・クライスラー・ジャパンにとって実に4年半ぶりの日本向けニューモデルになる新型300は、基本プラットフォームや四角いボディーのプロファイルについては従来型を踏襲しつつ、パワートレインや装備を一気に現代的に洗練させたものである。
これぞセダンと言いたい全長5mあまりの堂々としたボディーは、やはりクラシックでコンサバな雰囲気を漂わせているが、決して古臭く見えないのは、細部に至るまで美しく入念に仕上げられているからだろう。ボディーパネルの合わせやマットなクロムトリムのフィニッシュはもちろん、バックアップモニター用小型カメラとテールゲートのオープナーボタンをハイマウントストップランプの両端にきれいに組み込んだ手法などは、失礼ながらこれまでのアメリカ車には見られなかった芸の細かさである。
上等で落ち着いたインテリア
格段に垢(あか)ぬけたその変身ぶりは、インテリアにより顕著に表れている。全体的に洗練されたクラシックなアメリカ系ホテルといった落ち着いた雰囲気で、ここでもやはり細部の仕上げへの配慮が目を引く。
ステアリングホイールやインストゥルメントパネルの各種スイッチ、エアアウトレットなどは実に丹念に作られており、またシートやドアトリムはナッパレザーの素材そのもののクオリティーもさることながら(センターコンソールやクラスターカバーなどはポルトローナ・フラウ社製という)、そのステッチの緻密さは、繰り返しになるが従来のアメリカ車からは見違えるほど。やればできるじゃないか、と思わず漏らすぐらいの上等さである。
またウインドシールドやフロントサイドウィンドウには2層ラミネートのアコースティックガラスを採用するなど静粛性にも配慮されており、実際に静かで居心地の良い室内である。
もっとも、あえて重箱の隅をつつくようなことを言えば、本当に細かいディテールのフィニッシュレベルがレクサスなどのライバルと肩を並べるほどかというと、まだそこまでではない。例えば、センターコンソールのリッドはダンパー入りのプッシュオープン式だが、時々ひっかかるし、カップホルダーを隠すブラインド状のウッドのスライドリッドも同様、滑らかさを期待している部分にガタつきがあったり、ひっかかりがあったりすると、途端に印象が変わるから注意したい。
またブルーLED照明を持つ大きな二眼メーターの間に表示される各種情報の日本語表記がたどたどしい点など、ややご愛嬌(あいきょう)といったところも散見されるが、ここはむしろそんな努力を買いたい。初めからそういう努力を放棄しているアメリカ車もある中で、日本市場向けに適合させようという姿勢ゆえのささいな不備だからだ。
優雅に走りたい大人のセダン
日本仕様車のパワートレインは今のところ可変バルブタイミング機構付き3.6リッターV6DOHCエンジンと、ZF製電子制御8ATの組み合わせ1種類のみ。286ps/6350rpmと34.7kgm/4650rpmを生み出すこのV6は、非常に素直なフィーリングで軽く吹け上がる。どこか特に力強い領域があるわけではないが、するするとストレスなく直線的に回ってパワーを生み出すタイプの扱いやすいエンジンだ。トトトンと滑らかにシフトアップしていく8ATとの相性も良く、静かで安楽な走行感覚が好ましい。これだけのボディーサイズの上に豊富な装備を持ち、車重はベーシックな「300リミテッド」も「300Cラグジュアリー」も1.9トンクラスであるために、もちろん敏しょうとは言い難いが、その重さが気になるようなことはなく、ごくまっとうなハンドリングを備える。とにかくスポーティーに走れ、飛ばせ、と急(せ)かされるようなプレミアムセダンが多い中で、この優雅さは逆に貴重な存在だと思う。
ただし、段差を乗り越えるような場面では、巨大な20インチタイヤの細かな動きを完全に押さえ切れないようで、若干ブルブルと振動を伝えることもあった。カッコイイのは重々承知ながら、やはり20インチはちょっと行き過ぎかもしれない。乗るチャンスがなかった300リミテッド(18インチが標準)の乗り心地が気になるところだ。
もうひとつ付け加えると、スラストレバーのような形状のシフトレバーは電気式で感触はいいのだが、どのポジションに入っているかをクリック感でつかみにくいので慣れないうちは要注意だ。
世の中、若者狙いの商品ばかりだ、と嘆くわが同輩のオヤジたちは、派手すぎず、奇をてらわず、でもある程度の押し出しとフォーマル感を備えたオーセンティックな大型サルーンたる300Cラグジュアリーには心動かされるはずだ。衝突警報付きアダプティブクルーズコントロールやブラインドスポットモニターなど、最高レベルのアクティブセーフティーデバイスに加え、パノラミックサンルーフ、ベンチレーテッドシートまでフル装備しての538万円(300リミテッドは398万円)という価格は、フルサイズセダンとしては明らかにお買い得でもある。結局問題はただひとつ、普通の駐車場からちょっとはみ出すそのサイズである。
(文=高平高輝/写真=高橋信宏)
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