修行のつもりで

しかしながらその誕生は1902年である。「こんなまずいものを長年食べていても平気なイギリス人に負けてなるものか」と悔しくなったボクは、先日再びイギリスに赴いた際、マーマイトのガラス瓶入り250gをスーパー「マークス&スペンサー」で購入した。

そしてイタリアに戻ってから毎朝バターを塗ったパンにマーマイトを上塗りして食べることにした。ビタミンB豊富なのだから日頃悩まされている口内炎にもよいに違いないと信じ、修行のつもりで食べるのだ。

相変わらず、まずい。第二次大戦中の英国軍は、マーマイトを捕虜に食べさせていたというが、残虐なことをするものである。これはボクの仮説であるが、当時マーマイトを食べさせられたドイツ人が後年豊かになり、旅先の各地で吹聴したことにより、「イギリスの食べ物=まずい」説が流布したと考えられなくもない。

そんなこんなで1週間ほど食べ続けたある日、思わぬ事態が発生した。マーマイトのフタが開かなくなってしまったのだ。毎朝ナイフですくうときに瓶の口周辺にたらしたマーマイトが固まってしまったのが原因らしい。力任せに開けようとしてフタと格闘していたら、あろうことか指にマメを作ってしまい、気がつけばつぶれていた。

その日以来マーマイト修行は中断した。だが気がついたのは、すでにマーマイトなしでは朝食が進まなくなっている自分だった。
その間、瓶と一緒に買ってきた「マーマイト味カシューナッツ」を食べて過ごした。ペーストほど最初に食べたときの衝撃はないかわり、ペーストファンに“誘導”するには極めて有効な商品だと思った。

イタリアに16年住んでもいまだわからないことだらけのボクが、イギリスの食品を論じるのはアメション(アメリカで小便をしてきただけ)ならぬ、ブリション(ブリテン諸島で小便)級であるのは百も承知だ。だが、一度はまると意外に恋しくなるその“常習性”こそ、イギリス人が110年も食べ続け、彼らの4人に1人がピクニックにマーマイトを持参する理由だと確信した。
今日までマーマイトに「英国王室御用達」マークは付いていないが、もし王室一家も食べているのなら、早めに認めてしまったらどうだろう。

イギリスといえば【その2】。タノックスのチョコウエハース。創業1890年だから、モデルとなった少年はすでに他界している可能性が高い。
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マーマイトを塗ったトーストを食べる筆者。
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女房に「くさい!」と非難されつつも、取りあえず食品棚に納めた。
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大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。19年にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも怪気炎をあげている。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など著書・訳書多数。YouTube『大矢アキオのイタリアチャンネル』ではイタリアならではの面白ご当地産品を紹介中。

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