5月8日-“青バイ”に導かれてミラノを後に

初日。ホテルで朝食を取っていたら、偶然にもランボルギーニのステファン・ヴィンケルマン社長兼CEOがやってきた。「おめでとう!」と手をさしのべてみれば、彼は破顔一笑、力強く握手をかえしつつ、こう言った。

「50年前のまさに今日、フェルッチョは会社を登記したんだよ」

その日、5月7日はグランドツアー参加者のレジスターに充てられた。スタート地点となるミラノ・カステッロ広場のまわりはパルクフェルメ(車両保管所)として半ば封鎖され、レイジングブルのパドックと化していた。もしくは、スフォルツェスコ城を背景に、咲き乱れる凶暴な華々、か。いずれにせよ、赤く染まるだけのマラネッロ産よりも、はるかににぎにぎしいのは確かだろう。

5日間のわがパートナーは、ガヤルドLP550-2の、なんとマニュアルトランスミッション仕様。シンガポールのジャーナリストで旧知のアンディ・ラムと一緒に、駆ることとあいなった。

翌8日、10時。ヴィンケルマン社長と、同社のR&D部門の責任者であるマウリツィオ・レジアーニをのせたゼッケン001、パールホワイトの「アヴェンタドール ロードスター」がスタートする。
続いて、若い番号から順に、そう、1960年代の名車たち、「400GT」やミウラ、「イオタ」クローンなどが、白バイならぬ青バイに導かれ、続々とスタート。このシーンを見ることができただけでも来たかいがあったというもんだなぁ……、なんてノンキにつぶやけたのも、ボクらのゼッケンが223番だったからだ。

20~30秒に1台がスタートするとして、回ってくるまで1時間以上かかる計算。というわけで、名車たちのスタートをじっくり見学ののち、200番台がいよいよエンジンを吹かしはじめるのを確認して、ボクらも白いガヤルドに乗り込んだ。(後編へ続く)

(文=西川 淳/写真=ランボルギーニ)

ミラノ・スフォルツェスコ城を背景にずらりと並んだランボルギーニ。
ミラノ・スフォルツェスコ城を背景にずらりと並んだランボルギーニ。 拡大
筆者とその相棒の「ガヤルドLP550-2」。(写真=西川 淳)
筆者とその相棒の「ガヤルドLP550-2」。(写真=西川 淳) 拡大
ヴィンケルマン社長が乗る「アヴェンタドール ロードスター」。
ヴィンケルマン社長が乗る「アヴェンタドール ロードスター」。 拡大
“青バイ”が各車を先導する。
“青バイ”が各車を先導する。 拡大
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