リーフタクシーはニセモノ!?

というようなすったもんだの末、リーフタクシーはやっと走りだした。
老婦人が乗ったのは、板橋区内の、首都高の「中台」入り口の近く。目的地は板橋区の外れだから料金は片道2000円、往復で4000円プラスαと踏んだ。プラスαとは、つまり、お土産を渡すのに要する時間であり、すると、料金は合計5000円ほどになるかもしれない。

皮算用どおりに事は運び、あとは老婦人の自宅に戻るだけ、という段階で彼女が運転手にこう問いかけた。

「運転手さん、もうお昼はお済み?」
いえ、これから会社に戻ってランチに行くつもりです。

運転手の答えを聞くや、老婦人は続けて言うのだった。
「ランチ、私とごいっしょしてくださらないかしら」――と。

貸し切り観光をすることがある京都のタクシーでは珍しくもないお誘いだが、東京では、まず聞いたことがない。けれど、その聞いたことがないランチのお誘いが俺にあったわけで、運転手としては困った。実は、こういうの、大の苦手なのである。かといって、すでに1時間も狭い車内でおしゃべりした間柄であることを考えるとむげにお断りもできず、はい、お言葉に甘えさせていただきます、と運転手は答えたのだった。

「天ざるでよろしいかしら?」

老婦人は天ざるにほとんど手をつけず、一方の運転手は、天ざるをおいしくいただきながら、最終部分に差しかかったらしい彼女の「壮絶な人生」とやらを聞いていた。そして、ついにその長い物語が完結した瞬間、老婦人は駐車場に止めたリーフタクシーを指さし、思いもよらない言葉を口にして運転手を絶句させたのである。

「あのタクシー、本物?」
はッ!?

「ニセモノよね」
「実はね、私、最初からわかっていたの。本物のタクシーならあんな格好はしてないはずですものね」

若かりし時分、学生時代に京都市内でタクシー運転手を経験し、東京での今回の長い潜入取材も含めれば乗せた客の数もべらぼうに多い。酔っぱらいはもちろん、暴漢も怪人も乗せたけれど、ヘンな人も大勢いた。で、ランクを付けると、この老婦人、ヘンな客部門で、おそらくベスト3に入るんじゃあるまいか。

(文=矢貫 隆)

矢貫 隆

矢貫 隆

1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、 ノンフィクションライターに。自動車専門誌『NAVI』(二玄社)に「交通事件シリーズ」(終了)、 同『CAR GRAPHIC』(二玄社)に「自動車の罪」「ノンフィクションファイル」などを手がける。 『自殺-生き残りの証言』(文春文庫)、『通信簿はオール1』(洋泉社)、 『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。

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