「小林さん、カッコいい!」

小林さんは、音楽にも造詣が深い人だった。だから、小林さんが長期テストを担当していた「アルファ164」のトランクに装着されていたCDチェンジャーに、ボクは自分のお薦めCDを装填(そうてん)していくこともあった。
ジョージ・ガーシュウィンのCDを載せていったとき、「彼の伝記映画の中で、父親が息子の演奏会にストップウオッチを持って来るんだ。演奏時間が長い曲ほど、名曲だと信じたんだよ」といった具合に、クルマの中で曲にまつわる話に花が咲いた。

音楽の話題はジャンルに境界はなかった。かつての飛行場の街・東京都立川市に伝わる「立川小唄」の一節「シャンがすましてフォッカーに乗った」をボクが披露したときだ。小林さんは「その“シャン”て、何のことか知ってるか?」とボクに言った。
ボクが正直に「知りません」というと、小林さんは「それはな、ドイツ語のschone(美しい)、つまり美人のことだ」と、得意げに教えてくれたものだ。

しかし、当時ルックスの良さで売っていた、美人女性ヴァイオリニストのCDをかけたときは違った。小林さんは、即座に聴くに及ばぬといった態度を示し、「これはお嬢さま芸だな」と切って捨てた。ボクは慌ててCDを切り替えた。
それでも今になってみると、音大生上がりのボクが退屈しないよう、話題を合わせてくれていたのだと思うと、頭が下がる。

話題を合わせる小林さんといえば、火炎派(フランボワイヤン)といわれる流麗なボディー形状の戦前型フランス製カブリオレを取材に行ったときを思い出す。フォトグラファーによる撮影中、小林さんは、「こういうクルマって、フランスのおやじが、木陰の下にクルマを止めて、シートで若い娘を抱きかかえているシーンがぴったりだな」と解説した。当時ボクは20代である。女性への興味が旺盛な時期だった。そのあたりも小林さんは十分察して、話題を合わせてくれたのかと思うと頭が下がる。

女性といえば、こんな思い出もある。あるフォトグラファーの結婚披露宴に招かれたときのことだ。パーティーは会員制だった。参加者の中で最年少かつ独身だったボクは、カップルでないと格好がつくまいと考え、後輩の女子音大生を連れてゆくことにした。
ところが会場に入ってみると、新郎の仕事上、雑誌関係者ばかりだった。ボクが連れていった後輩は、かなり居心地が悪く退屈していた。
彼女の気持ちをボクより先に察したのだろう、小林さんは彼女を立食パーティー会場の壁際にあったソファ席に呼び、音楽のことをいろいろと彼女に聞き始めた。
ちなみにその日パーティーのあと、後輩があまりに「小林さんカッコいい!」を繰り返すものだから、嫉妬したボクは後輩と険悪なムードになったのを覚えている。きっと、あの世でも小林さんは、女子にモテているに違いない。

「アルファ164」
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©S-Kobayashi Photo Archives
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大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。19年にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも怪気炎をあげている。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など著書・訳書多数。YouTube『大矢アキオのイタリアチャンネル』ではイタリアならではの面白ご当地産品を紹介中。

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