ビートルズ由来のタイトル

ほとんど会話のないふたりだったが、次第に静かな心の交流が生まれる。家福は数年前に死んだ妻の衝撃的な秘密まで打ち明けるようになった。そこで語られるのは、やはり女性の解釈不可能性であり、ついに関係を打ち立てることができなかった悲しみである。

小説は、唐突に終わる。分量もわからぬまま読み始めたので、続きがあると思ってページをめくると別の記事が始まっていて驚いた。『ノルウェイの森』はもともと短編の『蛍』を長編化したものだし、『1Q84』の時は続きがあるのかどうかで論争になった。村上の作品は、終わったのかどうか判然としないことがよくある。この作品は、とりあえずは一区切りがついたようだ。『文藝春秋』2014年1月号に、別の短編小説が掲載されたのだ。

『ドライブ・マイ・カー』には「女のいない男たち」というサブタイトルが付けられていたが、今回の作品は「女のいない男たち2」となっている。どうやら、同じテーマでの連作短編の形になっているらしい。タイトルは、『イエスタデイ』。冒頭からビートルズの『イエスタデイ』の関西弁訳歌詞が登場する。『ドライブ・マイ・カー』もビートルズ由来で、1965年のアルバム『ラバー・ソウル』の最初を飾る曲だ。ちなみに、2曲目は『ノルウェーの森』である。

今度の小説は、ストーリー的には前作とまったく関係はない。そもそも三人称と一人称の違いがあるし、時代もまったく違う。『イエスタデイ』の主人公は早稲田大学の2年生で、まだ20歳の若者だ。その男、谷村は神戸の出身で、東京に出てきてからは標準語を話す。彼の友人は田園調布に住んでいるが、独学で身につけた完璧な関西弁を話す。時代は少し後に移されているが、谷村には村上自身の経歴が少なからず反映されているようだ。

クルマの話ではない。車名は出てくるが、それは彼らの実家の経済状況を表す指標として使われるだけだ。谷村の家にはクリーム色の「トヨタ・カローラ」があり、友人の木樽の家には「ひとつ前のモデルの紺色のゴルフ」がある。彼らもまた、女性との関係を手探りで築こうとしてもがいている。木樽は幼なじみの女性と付き合っているが、キスより先に進むことができない。彼が見つけた解決策は、彼女と谷村を交際させるというものだった。

鈴木 真人

鈴木 真人

名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。

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