どんなクルマに乗っていたのか、覚えていない!?

「サンバ」で思い出したが、かつて女房の実家では「スバル・サンバー」に乗っていたという。それを記したのは、ちょうど2年前の本欄に記した「クルマに関心ない家族のクルマ物語」である。

要約すると、東京郊外にあった女房の実家は、女房も義姉も、初期に乗ったスバル・サンバーや「スバル360」、義父が免許を返上する直前まで乗っていた「トヨタ・クラウン」など一部を除き、所有したクルマをほとんど覚えていなかった。そればかりか、実際にクルマを運転していた、1931年(昭和6年)生まれの義父もしかりだった。
家にあった歴代のクルマをすべて記憶しているボクからすると、なんとも不思議である、という話であった。

そうこうしているうちに、女房と義姉の片付けは、郷ひろみのLPレコードから古い写真へと移っていった。そこでボクは今回も2年前に引き続き、彼らの家族写真の中から、クルマの写っているものをピックアップしていった。
見てみると、おいおい、2代目および3代目の「トヨタ・コロナ」や初代「トヨペット・コロナマークII」、“ハコスカ”こと3代目「日産スカイライン」など、前回は話に出てこなかったクルマが、何台も写っているではないか。
ただし、今回も義父に写真を見せながら聞くと、「これはウチのクルマだっけなぁ、いや、近所のだったかなぁ」と、あやふやなものもある。今回写真で紹介するのは、彼らの家にあったことが、ようやく確認できたクルマたちである。

なぜゆえ、自分の家にあったクルマを覚えていないのか? と思うだけでなく、ときには、高度成長時代には考えられないような、車格ダウンも平気でしている。
その質問に、義父は、「購入予算が限られていた時代は、知りあいの修理工場で、程度がマシな中古車を見つけては、次々に前のクルマを下取りにだしてローンを組み替えて乗り換えていたから」と説明する。

神奈川県の美女谷温泉にて。実際の自家用車は、義姉が寄りかかっている3代目「トヨタ・コロナ」ではなく、右隣の「スバル・サンバー」。
神奈川県の美女谷温泉にて。実際の自家用車は、義姉が寄りかかっている3代目「トヨタ・コロナ」ではなく、右隣の「スバル・サンバー」。 拡大
初代「トヨペット・コロナマークII」
初代「トヨペット・コロナマークII」 拡大
3代目「日産スカイラインセダン」
3代目「日産スカイラインセダン」 拡大
1972年、いきなり3代目「トヨタ・コロナ」に車格ダウン!
1972年、いきなり3代目「トヨタ・コロナ」に車格ダウン! 拡大
初代「日産サニー」もあったのか? と思ったら、親戚の家のものだという。
初代「日産サニー」もあったのか? と思ったら、親戚の家のものだという。 拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。21年にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも怪気炎をあげている。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など著書・訳書多数。YouTube『大矢アキオのイタリアチャンネル』ではイタリアならではの面白ご当地産品を紹介中。

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