人気色の変遷、イタリアの場合

色といえばイタリアやフランスにおいて、さまざまな人が今も回想するのは、1960年代の高度成長期である。あるフランスの知人は、「当時は、クルマだけでなく、家具や電化製品など、家のなかのさまざまなモノが、明るい色であふれていた」と証言する。

イタリアで最後に明るいボディーカラーがもてはやされたのは、2000年頃までだった。当時のフィアットの初代「プント」や「クーペ」、「バルケッタ」といったモデルには、いずれも鮮やかなボディーカラーが、たくさんカタログに載っていた。特に初代「ランチア・イプシロン」は、カラーバリエーションの豊富さを前面に打ち出していたものだ。

その後イタリアで、人気色はグレーやブラックに移ってゆく。背景には、フィアットの経営危機および販売低下があった。それに入れ替わるかたちで販売を伸ばしたドイツ製プレミアムカーのカタログカラーはグレーやブラックで、そのトレンドはコンパクトカーにまで広まったのだ。

メンズファッションのトレンドが、ダークカラー主体に傾いたことも、傾向を後押しした。ドイツやオーストリアのテレビ司会者がサーカス団長ばりの派手なジャケットを着ていることが多いのに対して、今でもイタリアではたとえバラエティー番組であっても、黒かグレーのスーツが一般的である。イタリア人に理由を聞くと、口々に「明るい色はエレガンテ(上品)ではないから」と言う。

こうした傾向がクルマにも反映されていったのは、想像に難くない。白もイタリアでは長らく敬遠されてきた。タクシーの統一色と同じだからだ。そのため、実際にタクシーに多く使われているCセグメント以上のクルマで長らく受けなかった。
一連の趣向は、「グレーかブラックにしておけば、リセールバリューも無難」と考える人たちによって、より拍車がかかった。

そうしたイタリアの色彩保守化傾向に変化をもたらしたのは、2007年に発売された「フィアット500」であった。形状から決してタクシーをイメージさせず、かつ先代のイメージを強く引き継ぐため、たとえ白でも人々は受け入れたのだ。
やがて2代目「アウディA3」(2003-2013年)や「MINI」といったヒット車種が、白いボディーでも人々の目にスタイリッシュに映ったことが、ホワイト人気をバックアップした。

高速道路A1号線「太陽の道」で。アルファ・ロメオとランチアを載せた積載車。ダークカラー&シルバーは、イタリアでここ10年にわたりプレミアムカーの定番色だった。
高速道路A1号線「太陽の道」で。アルファ・ロメオとランチアを載せた積載車。ダークカラー&シルバーは、イタリアでここ10年にわたりプレミアムカーの定番色だった。 拡大
気がつけば、シティーカーにまでダークカラー人気は波及していた。これは「キア・ピカント」。
気がつけば、シティーカーにまでダークカラー人気は波及していた。これは「キア・ピカント」。 拡大
中国・奇瑞汽車のコンパクトカーをイタリア南部で組み立てた「dr」もブラック。
中国・奇瑞汽車のコンパクトカーをイタリア南部で組み立てた「dr」もブラック。 拡大
現行「フィアット500」とともに、「白」人気のきっかけとなった「MINI」。2012年7月撮影。
現行「フィアット500」とともに、「白」人気のきっかけとなった「MINI」。2012年7月撮影。 拡大
トヨタディーラーのハイブリッド攻勢も、白がメインである。2014年1月撮影。
トヨタディーラーのハイブリッド攻勢も、白がメインである。2014年1月撮影。 拡大
ディスカウントスーパーに貼られた2013年クリスマス時期のポスターから。「フィアット500」も、タブレットも白。
ディスカウントスーパーに貼られた2013年クリスマス時期のポスターから。「フィアット500」も、タブレットも白。 拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。19年にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも怪気炎をあげている。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など著書・訳書多数。YouTube『大矢アキオのイタリアチャンネル』ではイタリアならではの面白ご当地産品を紹介中。

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