突然、屋台ランチ

話は前後するが、プレスデイの前日、下見がてら会場に降り立った時のことだ。会場をあとにし、最寄りの国展駅に向かった。すると近代的な駅とコントラストを成すように、食べ物屋台の三輪車が何台も並んでいて、番をしているおばさんたちがボクに声をかける。すでに昼飯どきが過ぎたためか、お客はほかにいない。

「煎餅(ジェンビン)」と記されたそれは、器具からしてクレープ状のものと判明した。
子供の頃、親に「知らない屋台のものは食べてはいけない」と言われて育ったボクは迷った。しかし、この年になってもタバコもギャンブルも嗜(たしな)まないボクである。ひとつぐらい亡き親の禁を破ってもよかろう。というよりも、最後に食事をしたのが飛行機内の朝食だったため、腹が鳴った。

そこでボクは駅から一番近いおばちゃんの屋台で、ジェンビンを注文した。まずホットプレートの上に生地を丸く延ばし、続いて卵を割る。そしてネギなどをちりばめ始めた。途中で「ラー? 」(辛くするか?)と聞かれたので、うなずくと、唐辛子ソースをかけてくれた。最後に四角く包んで出来上がりだ。
おばちゃんは、なんでもない透明のビニール袋に、大胆にも出来上がったジェンビンをすっぽりと入れる。値段は5元(約80円)だった。これで地下鉄に乗ったら、明らかににおいがしてしまう。駅前の隅っこで、熱々のうちに食すことにした。

するとどうだ、生地の柔らかい部分とぱりぱりの部分のミルフィーユ状態といい、刻み野菜の歯ごたえといい絶妙なハーモニーを織りなしている。ふだん卵料理は「固焼き」が好きなボクだが、たちまち魅了されてしまった。
これは「おいしい」などと気取ってなどいられない。思わず「まいうー!」と独り叫んでしまったのだった。いずこもモーターショー会場周辺の食事といえばうまくないのが当たり前だが、そのジンクスを見事に破ってくれた一品だった。

食べ終わったあと、作ってくれた先ほどのおばちゃんのほうを見てうなずくと、おばさんはうなずき返した。その顔にまったく笑顔はなかったが、明らかに自信に満ちていた。

こちらは電池生産で有名なBYDとダイムラーの合弁ブランド「DENZA」のコンパニオンが休憩中。
こちらは電池生産で有名なBYDとダイムラーの合弁ブランド「DENZA」のコンパニオンが休憩中。 拡大
プレスデイ前日、最寄りの国展駅の前には、中国風クレープ「ジェンビン」の三輪車屋台が並ぶ。
プレスデイ前日、最寄りの国展駅の前には、中国風クレープ「ジェンビン」の三輪車屋台が並ぶ。 拡大
注文するやいなや、おばちゃんはプレート上に生地を延ばし、卵を割った。
注文するやいなや、おばちゃんはプレート上に生地を延ばし、卵を割った。 拡大
出来上がり。価格は5元(約80円)。
出来上がり。価格は5元(約80円)。 拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。19年にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも怪気炎をあげている。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など著書・訳書多数。YouTube『大矢アキオのイタリアチャンネル』ではイタリアならではの面白ご当地産品を紹介中。

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