BMW M3セダン(FR/7AT)
できすぎたマシン 2014.08.22 試乗記 ハイパフォーマンスセダン「BMW M3」の最新型に、一般道で試乗。これまで以上にパワーと軽量化を追求したという、その走りを確かめた。走る前からフツーじゃない
試乗車はイメージカラーのブルーだった。M3がこの色!? というようなサプライズカラーだが、鍛造ホイールのグレーで足もとがキマると、すごみがあってカッコイイ。
基本形はすでに見慣れた「3シリーズ」だが、新型M3で目につくのは、“ツインストーク”(stalkとは花の茎の意)と呼ばれるシャープなドアミラーと、もはやオーバーフェンダーと言っていいくらいに張り出したリアのフェンダーフレアだ。
275/40ZR18を収めるこのリアフェンダーのおかげで、ボディー全幅は「320i」より75mm広がっている。そのために、ボディー本体がかえってキュッと引き締まって見えるのがまたM3のカッコよさである。
この7月から日本でもデリバリーが始まった、新型M3の大きな特徴は、“帰ってきた直列6気筒”である。賛否の分かれた4リッターV8をやめ、それまで2代続いたストレートシックスに戻った。
「M4クーペ」と共用する新しい直6エンジンは、3リッターツインターボ。431psの最高出力は、旧型V8のプラス11ps。最大トルクは40%増え、一方、燃費は25%改善された。
その虎の子の新エンジンを拝もうと、アルミボンネットを開けると、まず目に飛び込んでくるのは巨大なブーメランのようなカーボン製ストラットタワーバーである。
カーボンといえば、M3セダンとしては初めてカーボンルーフを標準装備する。プロペラシャフトも“一本もの”のカーボン製。そうした軽量アイテムの積み重ねで、車重(1640kg)は320iスポーツの100kg増しに収まる。それでいながらパワーは2.3倍。速いのはあたりまえだ。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
最強なのに「肩すかし」
7段M DCTの新型M3は0-100km/hを4.1秒で駆けぬける。4秒台後半だった先代をさらりと更新して、M3史上最速をマークする。これに対抗するには「ポルシェ911」の「カレラS」(4.3秒)でスポーツプラスモード(4.1秒に向上)を選択する必要がある。
そんなスペックから勝手に期待値を上げて走りだすと、肩すかしを食らった。
電動パワーステアリングは、爽やかに軽い。乗り心地もかろやかだ。ひとくちに “走り”が軽い。音もボーボーいうわけでなし。それどころか、エンジンをかけて、最初に止まったところでいきなりアイドリングストップして面食らう。「超ド級セダン」という感じはまったくしない。
5代目M3の最も重要な開発目標は、サーキットでの走行性能を強化することだったという。車両開発には2012年DTMチャンピオン、ブルーノ・シュペングラーら、BMWのワークスドライバーが深く関わっている。しかし、レーシングライクな“雰囲気”は、「メガーヌ ルノースポール」のほうがずっと強い。
これがM3!? という肩すかしは、V8の先代モデルに初めて乗ったときにも感じた。だからV8はM3の芸風じゃないよなあと思ったものだが、復活ストレートシックスの最新型はもっと速くなって、もっとおとなしくなった。史上最速にして、史上最もマナーのいいM3である。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
どこか満たされない速さ
ドライバー正面の回転計は7000rpmからがイエロー、7500rpmでレッドになり、シーケンシャルモードで使えば、レッドゾーンの少し上まで回る。そんなトップエンドまで引っ張るチャンスはまずないが、アクセルを踏み込めば、とにかくすばらしく速い。パワーが無尽蔵に出てくる感じだ。がしかし、一方で、無駄にガソリンを炊いている感じがしないのも新型M3のキャラクターだ。
回すと排気音はそれなりに高まるものの、メカニカルなエンジン音は聴こえてこない。直列6気筒への回帰を喜ぶM3信徒のためには、もう少しスイートなエンジン音を聴かせてもらいたかったが、これだけのパワーを絞り出し、なおかつ厳しいユーロ6排ガス規制をクリアしたエンジンに、エモーション性能まで求めるのは酷だろうか。
足まわりは、とにかくすばらしく限界が高い。あまりにも高すぎて、ワインディングロードを走っていても、正直、溜飲(りゅういん)が下がるところまでいかなかった。このクルマを少しでも「使いきった!」と感じるには、やはりサーキットへ行くしかないのだろう。
M DCTのセレクターのまわりには、ドライブロジックをはじめ、クルマの性格を任意に変えられるスイッチがまとまっている。エモーション重視派なら、ドライブロジックで走行プログラムをスポーツモードにして、エンジン制御、サスペンション、ステアリングの3要素をすべて最ハードにするべし。それでもファミリーカーやデートカーに支障をきたすほど蛮カラにはならないが、“M3ムード”は最大になる。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
実用性も真価のうち
10年ほど前だったか、先々代のM3(E46)で真夏の渋滞路を匍匐(ほふく)前進していたら、ボンネットの上にかげろうが立ち昇り、向こうの景色をユラユラさせていた。
今回も試乗したのは真夏日だったが、渋滞に巻き込まれてもかげろうは上がらなかった。
新型の冷却システムは、苛酷なサーキット走行時を前提として設計されている。メインラジエーターとは別にサイドラジエーターを装備し、エンジンオイルとM DCTのオイルを冷やし、さらに別の電動クーラントポンプではターボチャージャーのベアリングマウントを冷却している。
しかし、こうしたレーシングカーの事情が4ドアセダンとしての実用性を犠牲にした跡は見られない。トランク内のレバーを引くと、リアシートの背もたれがリリースされ、後席を貫通荷室に変えることができるのは3シリーズと同じだ。そこにロードレーサーを積み、もてぎや筑波や鈴鹿の自転車耐久レースに参加した翌日は、クルマでサーキット走行が楽しめる。世界一快適で便利なレーシングセダンである。
サーキット・オリエンテッドでありながら、公道では快適な4ドアセダンに手なずける。その二律背反を克服する技術こそが、M3の真骨頂なのだろう。
(文=下野康史<かばたやすし>/写真=田村 弥)
テスト車のデータ
BMW M3セダン
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4685×1875×1430mm
ホイールベース:2810mm
車重:1640kg(DIN)
駆動方式:FR
エンジン:3リッター直6 DOHC 24バルブ ツインターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:431ps(317kW)/5500-7300rpm
最大トルク:56.1kgm(550Nm)/1850-5500rpm
タイヤ:(前)255/35ZR19 92Y/(後)275/35ZR19 100Y(ミシュラン・パイロットスーパースポーツ)
燃費:12.2km/リッター(JC08モード)
価格:1104万円/テスト車=1334万4000円
オプション装備:パーキングサポートパッケージ(11万3000円)/Mカーボンセラミックブレーキ(110万円)/Mライトアロイホイール ダブルスポークスタイリング437M(27万8000円)/アダプティブMサスペンション(28万5000円)/リアウィンドウローラーブラインド(3万7000円)/レーンチェンジウオーニング(7万7000円)/アクティブプロテクション(5万1000円)/カーボンファイバートリム ブラッククロームハイライト(6万9000円)/BMWコネクテッドドライブプレミアム(6万1000円)/フルレザーメリノ(23万3000円)
テスト車の年式:2014年型
テスト開始時の走行距離:2506km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(6)/山岳路(3)
テスト距離:309.2km
使用燃料:48.0リッター
参考燃費:6.4km/リッター(満タン法)/6.6km/リッター(車載燃費計計測値)

下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。