BMW 435iグランクーペ Mスポーツ(FR/8AT)
絶妙の変化球 2014.09.09 試乗記 拡大を続けるBMWのラインナップに、ハッチゲートを持つ“4ドアクーペ”が加えられた。このクルマを選ぶポイントはどこか? 走りや乗り心地はどうなのか? ストレート6を搭載するスポーティーモデルで確かめた。キモは直列6気筒
まったくの私事だが、先日、生まれて初めてBMWを買った。6年落ち6万4000kmの「335iカブリオレ」、乗り出し280万円。アプルーブドカーでこの値段は掘り出し物じゃないか。しかも納車当日に6段AT(トルコン)がブチ壊れ――いや最初から故障していたらしく、ミッションを新品に交換してくれた。最高です。
フェラーリをはじめとするイタリア車やフランス車、プラス国産車を愛用してきた私としては、ドイツ車は生活から遠い存在だったが、BMW車は、いつか欲しいと思っていた。買うならもちろんストレート6だ。中でも3リッター直噴ターボユニットは、登場当初から狙っていた。
初めて「335iクーペ」で箱根を走った時の感動は忘れない。それは私にとって、大排気量直噴ガソリンターボ初体験であり、「400馬力はある!」と確信した異次元体験だった。実際には306馬力だが、トルクが40.8kgm(400Nm)あるので、私の直感は正しかったと言える。
あの衝撃の登場から8年、ようやく値もこなれ、ついにゲットしました。果報は寝て待てですね。しかもぜいたくなメタルトップのカブリオレ。わが足グルマ史上最高のセレブ感です。
ところが新型「3シリーズ」には、当初ストレート6が設定されなかった。BMWは将来的には効率を優先して古き良き伝統を捨ててしまうのかと若干危惧したが、そうではなかった。その後この傑作・直列6気筒3リッター直噴ターボエンジンは、「3シリーズ グランツーリスモ」や「4シリーズ」「2シリーズ」などに続々と搭載され、BMWストレート6は死なず! を印象付けている。おめでたいじゃないか。
一方でBMWのラインナップは、わけがわからなくなるほど増殖中だ。「グランツーリズモ」系は当初から今ひとつピンと来ず、「グランクーペ」系も、かつて日本で流行(はや)った背の低い4ドア車、「カリーナED」や「コロナEXIV」などの負の遺産を思い起こさせ、どこか中途半端という先入観がつきまとう。セダンならセダン! クーペならクーペ! と、男らしく攻めてくれるのがBMWじゃないのか。そう言いつつ、自分も男らしいほろを避け、メタルトップのカブリオレを買いましたが。
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価格に見合った価値がある!?
今回試乗した「4シリーズ グランクーペ」、「6」のグランクーペが望外に販売好調につき、開発が決まったとのこと。日本で2ドアが売れないのは百も承知だが、欧米でも2ドアより4ドア、それもただのセダンではない、他とはちょっと違ったスポーティーな4ドアを求める客はけっこういるらしい。欧米ならカリーナEDを思い出す者もいない。
私の住む杉並区でも、「3シリーズセダン」では、“杉並区の「カローラ」”みたいな部分がある。そこで、「よく見ると3じゃない4のグランクーペ」という選択肢は、3シリーズセダンに対しておおむねプラス40万円という価格設定からして、予算に余裕があれば十分考えられる。で、ルックス的にどれくらい“3セダン”と違うかというと、まず正面から見た時の威圧感が違う。数値的には全幅が25mm広いだけだが、視覚的にはもうちょっと違う。グランクーペは全高が45mm低く、その分グリーンハウスが小さいので、肩幅の広いマッチョ体形に見える。これは“4クーペ”にそっくり。ルームミラー越しには4クーペに見える。
一方サイドシルエットは、それほどインプレッシブではない。ルーフがテール向かって丸く落ちていて、スポーティーというよりフレンドリー(?)な印象だ。その分控えめに見えるので、ご近所の目を気にする向きにはちょうどいいかもしれない。「5シリーズ」対「6グランクーペ」と比べると、こちらはあくまで「ちょっと違う」レベルである。
居住性はというと、当たり前だが3シリーズセダンに対してちょっと天井が低い。その分後席の乗員の頭がおさまる部分は、天井をえぐってあり、座高の高い男性が座っても頭がつかないよう配慮されている。
ハッチゲート式のラゲッジは大変使いやすい。BMWのお約束である、ラゲッジの左右幅の狭さを、開口部の大きさで視覚的にカバーしてくれる印象だ。ハッチゲートだと、4:2:4可倒式の後席を前に倒すにもストレスがなく、ゴルフバッグ3本+3名乗車といった場合、セダンより収納しやすいだろう。この部分だけでも、プラス40万円の価値はあるかもしれない。
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流しても曲がってもバツグン
今回試乗したのは、シリーズトップモデルである435iグランクーペ Mスポーツ。わが愛機の発展形である3リッター直噴ターボエンジンを搭載する。
車両本体価格は803万円。さすがに大変な高級車である。私の6年落ち335iカブリオレも、新車当時確か770万円くらいして、大変な高級車ゆえに値段が下がるのを待ったのだが、いまさらながらBMWは安くない。しかもこの個体には、オプションが100万円強ついていて総額909万2000円、乗り出し1000万円に近い。うーむとうならざるを得ないお値段だ。
一方「420iグランクーペ」なら516万円から。「320iセダン」の477万円に対する割高感は薄い。ただ、新型「Cクラス」の価格を思い浮かべると、近いうちBMWも日本市場の価格戦略を変えてくるのでは、という期待を抱かないでもない。
シャシーに関しては、ほぼ4シリーズに準ずる。3シリーズより少しスポーティーという位置付けで、運転席に座ってしまえば見える景色はほぼ3シリーズそのもの。ただルームミラーを見ると視界の上下幅が明らかに狭く、ああこれはスポーティーなクルマなんだと認識させられる。
走りだしての第一印象は、乗り心地抜群、運動神経抜群、まったくもってノー文句の完璧すぎる優等生だ。近年のBMWはMスポーツの方が乗り心地が良好という逆転現象が顕著だが、435iグランクーペ Mスポーツも乗り心地最高。当たりはソフトなのにコーナーではみじんもロールせず、路面の継ぎ目は頑強なボディーとサスですべて吸収して不快な共振一切発生せず。完璧すぎる。「アダプティブMサスペンション」恐るべし。
スゴ過ぎるのも困りもの
3シリーズとの最大の違いは、スタイルもさることながら、こっちには3リッター直噴ターボユニットの設定がある、という点かもしれない(「アクティブハイブリッド3」を除く)。その分こっちの方が“肉食系”だとBMWは規定している。
パワーユニットに関しては、つい自分の6年落ち愛車と比べてしまうのだが、さすがに6年の歳月はそれなりに大きく、段違いにスムーズになっている。それはもう「恐ろしくスムーズ」と言うしかない。
スペックこそほぼ不変だが、ターボは「ツインターボ」から「ツインパワー」つまりツインスクロールのシングルターボに変更。それ自体はすでに約4年前に行われているが、年々洗練度は増していて、今やスムーズさと軽快さは極限に達し、特に低中速域での加速は「あまりにも軽やかすぎる!」としか言いようがない。この領域では、ストレート6らしいシルキーな回転フィールも存分に味わえ、ストレート6にしてよかった、このぜいたく感こそBMWだよねと自己満足に浸れる。
その代償として、トップエンドのさく裂感が物足りなく感じてしまう。これに関しては、ツインターボ時代の方が上だった。現ユニットは、あまりにも回転が軽やかすぎて、トップエンドではストレート6らしいシルキー感まで消失し、もはや何も回っていないような気さえするのだ。ぜいたくな話ですが。
ミッションはZF製の8段トルコンAT。この洗練度がまた凄(すさ)まじい。普段は変速していることすら忘れさせるのに、いざパドルでギアチェンジすると切れ味超絶。もはやDCTは公道レベルでは必要ない(よって「M3/M4」のみ採用)というのがBMWの判断だ。
4段階に切り替え可能な「ドライビング・パフォーマンス・コントロール」の威力もすごい。わがマシンにはATにDとDSモードがあるだけなのに、今やサスも含めた統合制御で4段階。段が多すぎて選択に迷う。
公道レベルでは「スポーツ・プラス」など使いこなせず、逆にECO PROモードにこそ感動する。1100rpmでじわじわ加速し、アクセルを離せばクラッチが切れてコースティング。もちろんアイドリングストップもする。こういう細かい制御の進歩が隔世の感だ。比較対象が間違っているかもしれないが、こちとらたったの6年落ちですから! 進歩の方が速すぎる。
あえて難癖をつければ、このクルマはコーナーにうまく決まった絶妙の変化球ではあるが、6年後には恐らく記憶から消えてしまっている。現3シリーズのような、ど真ん中の剛速球ではない。
BMWにとっても、グランクーペはあくまで余技。余技に約1000万円というのは、やはりお金持ちでなくては出せない。結局、果報は寝て待てということになりましょうか。
(文=清水草一/写真=小林俊樹)
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テスト車のデータ
BMW 435iグランクーペ Mスポーツ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4670x1825x1395mm
ホイールベース:2810mm
車重:1690kg
駆動方式:FR
エンジン:3リッター直6 DOHC 24バルブ ターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:306ps(225kW)/5800rpm
最大トルク:40.8kgm(400Nm)/1200-5000rpm
タイヤ:(前)225/40R19 89Y/(後)255/35R19 92Y(ブリヂストン・ポテンザS001 RFT<ランフラットタイヤ>)
燃費:12.7km/リッター(JC08モード)
価格:803万円/テスト車=909万2000円
オプション装備:パーキング・サポート・パッケージ(11万3000円)/Mスポーツブレーキ(10万3000円)/アクティブMサスペンション(10万3000円)/電動ガラス・サンルーフ(17万5000円)/スルーローディング・システム(2万9000円)/アダプティブLEDヘッドライト(17万円)/レーン・チェンジ・ウォーニング(7万7000円)/アクティブ・プロテクション(5万1000円)/アクティブ・クルーズ・コントロール(9万8000円)/BMWコネクテッド・ドライブ・プレミアム(6万1000円)/メタリック・ペイント(8万2000円)
テスト車の年式:2014年型
テスト開始時の走行距離:1102km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(4)/高速道路(6)/山岳路(0)
テスト距離:139.7km
使用燃料:18.1リッター
参考燃費:7.7km/リッター(満タン法)/7.4km/リッター(車載燃費計計測値)
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清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。