高尾山の自然が心配

高尾山に薬王院が開かれたのは1200年前。以来、宗教的な理由から高尾山の森は守られてきた。そして、時代は移り戦国末期、小田原に本拠を置いていた北条の氏照が八王子に山城を築き、谷ひとつ隔てた高尾山を軍事上の重要拠点として「木の1本も切ってはならない」との令をだし、結果として森を守った。その後、天下統一を目指す豊臣秀吉に北条の小田原城は攻め落とされ、八王子城もまた、前田利家・上杉景勝の軍の前に落城することになる。
けれど、鎌倉街道や甲州街道が集まるここは交通の要衝の地であり、徳川の時代に変わっても重要な場所であることに違いはなかった。徳川家康は、高尾山を幕府の直轄領として森を守ったのである。明治維新の後、この直轄領は皇室の御料林となり、さらに、戦後は国定公園に指定された。

“すごくて驚くべき高尾山”の自然は、こうして開発を免れ、1200年間、ずっと守られてきた。だから、それやこれやを合わせて、高尾山は“奇跡の山”と言われるようになり、その自然文化遺産としての価値は高く評価され、世界遺産を推薦する日本の委員会で名前があがるほどだった。

その高尾山に圏央道のトンネルを掘るって、そりゃマズイんじゃないの!? と、たいがいの人はそう思うのではあるまいか(詳しくは『クルマで登山』を)。私もそう考えたひとりだったけれど、結果は、知ってのとおり、高尾山トンネルは2012年に開通したのだった。

で、大の高尾山好きとしては、これから先の高尾山の自然が心配でしょうがないわけなのである。高尾山の自然を育んできた地下水脈にトンネル工事の影響がでたら大変だ、と。大丈夫なのか、と。

(つづく)

(文=矢貫 隆)

高尾山エコーリフトの山上駅から山頂へ向かう道。
高尾山エコーリフトの山上駅から山頂へ向かう道。     拡大
矢貫 隆

矢貫 隆

1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。

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