小林さんが教えてくれたこと

まず、小林さんがたびたび繰り返して教えてくれたことに「どんなに下手な文章でもいいから、取材したその日のうちに書いておきなさい」というのがあった。小林さん自体は、その効果について言及しなかったし、当時のボクは面倒くさがって実行に移していなかった。だがフリーになってから、たしかにそうすると、後で読んだときに、文章に勢いや、事物に接したときの感動が乗り移っていることがわかった。日常生活全体がぐうたらなボクであるが、「すぐ書く」だけは守ることにしている。

しかし小林さんとの会話はデスクや会議中よりも、出張中のクルマや飛行機の中のほうが多かった気がする。思い出すのは、メルセデスに関する問答だ。
あるとき、小林さんとクルマに乗っていたら、ちょっと古いメルセデスが向こうから走ってきた。それを見たボクは「古いメルセデスって、新車のときの気負いのようなものが抜けて、いい味が出ますね」と、とっさに言った。

小林さんはというと、首を横に振って、こう言い放った。
「ベンツ――小林さんは、少なくとも編集部内では“メルセデス”と呼んでいなかった――は、いつでも一番新しいのがいいに決まってるんだ。徹底的に使って、最後はポーン! と捨てちまうのが正しい使い方だよ!」

すでに「190E」が出まわってメルセデスの敷居が低くなっていたとはいえ、「ポーン! と捨てる」という感覚にボクは度肝を抜かれたものだ。ただしメルセデスに関して、小林さんはこんなこともたびたび言っていた。

「もし無人島に住むことになって、クルマを1台しか持って行けないとしたら、いちばん小さい6発(6気筒)を積んだ『Eクラス』がいいな」

当時のEクラスとは「W124」である。今なお欧州でW124を高く評価する声を聞くたび、小林さんの「もしも無人島」発言を思い出し、小林さんの選択眼に恐れ入る。まあ当時のボクは、「無人島にガソリンスタンドはあるんですか?」という突っ込みを入れたくて仕方なかったのも事実だが。

1989年に筆者が二玄社『SUPER CG』編集部に就職したとき、編集部があった東京・水道橋の小室ビル。写真は1990年代初頭。
1989年に筆者が二玄社『SUPER CG』編集部に就職したとき、編集部があった東京・水道橋の小室ビル。写真は1990年代初頭。 拡大
「メルセデス・ベンツEクラス(W124)」。写真は4MATIC仕様。
「メルセデス・ベンツEクラス(W124)」。写真は4MATIC仕様。 拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。19年にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも怪気炎をあげている。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など著書・訳書多数。YouTube『大矢アキオのイタリアチャンネル』ではイタリアならではの面白ご当地産品を紹介中。

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