常に謙虚だった

自動車ジャーナリストの草分けだからこそ知っている話も楽しかった。例えば1960年代、ある日本の自動車メーカーが、製品デザインレベル向上のため、イタリアのカロッツェリアをコンサルタントとして招聘(しょうへい)したときのエピソードである。

小林さんによると、「イタリア人社長は、東京にやってきて日本側の接待を受けていた。ところが宴たけなわの頃、社長は、ひとこと『われはイタリア男児なるぞ!!』とのたまうた。それを聞いた◯◯自動車の役員たちは、慌てて芸者を呼んだんだ」という。

今ふうにいえば、とっさに「空気」を呼んだ日本メーカーの役員もすごいが、イタリアのカロッツェリアが、日本の自動車産業にとって、明治時代に西洋印刷術を教えに来たキヨソーネに匹敵する「大先生」だった時代がしのばれる話である。同時に、それを語る小林さんの楽しそうな顔が思い出される。

「草分け」と記したものの、小林さん本人は至って謙虚であった。
もっともよく覚えているのは、とある都内一流ホテルのレストランで夕食をしたときである。
小林さんはジャケットこそ着ていたものの、ネクタイを締めていなかった。早速ウェイターがやってきて、いんぎん無礼な調子でタイ着用を言い渡した。ボクは「ようお兄ちゃん、その仕事何年やってるかわからないけど、ウチの親分の風格を見ろよ」と、任俠(にんきょう)映画の若造のごとく抗議の言葉が喉から出かかった。
しかし当の小林さんはといえば何も言うこともなく、席に臨むべくレストラン備え付けの青い貸しネクタイを締め始めた。
どんな場面でも紳士的に振る舞う小林さんと対照的な、自分の品格の欠如を猛省したものだ。

小室ビルからの風景。
小室ビルからの風景。 拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。19年にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも怪気炎をあげている。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など著書・訳書多数。YouTube『大矢アキオのイタリアチャンネル』ではイタリアならではの面白ご当地産品を紹介中。

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