国境に門限があった

イタリア-スイスといえば、思い出すのは2年前のことだ。
有名な自動車コンクール「コンコルソ・ヴィラ・デステ」を取材しようと、コモ周辺の宿をネット検索すると、あいにくどこも満室か、ひどく高額だった。そこでボクは一計を案じ、国境の向こうのスイス側の街・キアッソに宿をとることにした。

ところが、アウトストラーダに直結した国境検問所は、週末スイスからイタリアに遊びに行くクルマで、ひどく混雑することが判明した。
スイスはEU加盟国ではないが、国境審査の簡略化を定めたシェンゲン協定に数年前加盟したこともあり、大抵のクルマは国境管理官に制止させられることはない。だが、自然と車速を落とすようクランク路になっているうえ、フランスなど従来のシェンゲン加盟国よりも抜き打ち荷室検査の頻度が高いので、渋滞が起きやすいのだ。

「何か良いい手はないか?」と地図を見ていたら、アウトストラーダとは別に、町外れに小さな国境があることを発見した。行ってみると、渋滞などみじんもなく、すいすいイタリア側に入れた。
その日の深夜のことである。今度は自国に戻るスイス人たちのクルマに巻き込まれるのは嫌なので、再び朝と同じ小さな国境に向かった。しかし、前後にクルマの影がない。検問所までたどり着いてわかった。なんと、閉鎖されていたのだ。

イタリアに住んで以来、数え切れないほど各国の国境を陸路通過したが、夜間は通行できない、いわば門限付きの国境があったとは、われながらうかつだった。鉄のバリケードのすぐ向こうには、街灯に照らされたスイスが見えるというのに。 

そのときのボクの頭に浮かんだものといえば、少年時代、テレビの映画劇場で見た1963年のアメリカ映画『大脱走』だ。スティーブ・マックイーン演じるアメリカ兵捕虜が、ドイツの捕虜収容所から逃走中にバイクを奪い、スイスとの国境線を突破しようとドイツ軍とスタントを展開する。名シーンである。

もちろん、そんな突破行為ができるはずがないボクは、映画評論家の故・淀川長治氏の声色で、閉鎖された国境に「はい、さよなら、さよなら、さよなら」と声をかけ、同じく映画評論家の故・水野晴郎氏の口調で「いやぁ、国境って本当に面倒なものですね」などと昭和ネタを連発しながら、アウトストラーダの検問に戻るべく、引き返したのだった。

(文と写真 =大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

キアッソの外れにある、小さな国境。スイス側からイタリアをのぞむ。
キアッソの外れにある、小さな国境。スイス側からイタリアをのぞむ。 拡大
しかし、深夜にイタリア側からスイスに戻ろうとすると、すでに閉鎖されていた。
しかし、深夜にイタリア側からスイスに戻ろうとすると、すでに閉鎖されていた。 拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。21年にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも怪気炎をあげている。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など著書・訳書多数。YouTube『大矢アキオのイタリアチャンネル』ではイタリアならではの面白ご当地産品を紹介中。

あなたにおすすめの記事
新着記事