ホンダS660 開発者インタビュー
クルマ好きに世代は関係ない 2015.03.26 試乗記 本田技術研究所 四輪R&DセンターLPL(ラージ・プロジェクト・リーダー)
椋本 陵(むくもと りょう)さん
話題の軽スポーツカー「S660」が間もなくデビュー。開発の裏にあるさまざまなエピソードを、若き開発責任者に聞いた。
みんな軽のスポーツカーが作りたかった
――S660の開発は、本田技術研究所の50周年を記念した新商品提案コンペで、椋本さんの応募案が優勝したことがきっかけになったそうですね。コンペには、ほかにどんな案が出ていたのですか?
椋本 陵氏(以下、椋本):応募が全部で800件、そのうちの400件が四輪の商品だったんですけど、実は1位から3位までは、全部軽のスポーツカーだったんですよ(笑)。
応募案は、まず実行委員の書類審査で10案に、研究所(本田技術研究所)の所員の人気投票で3案に絞り込まれて、最後にプレゼンによる役員審査で1位が決まる形になっていたんですけど……要するに、研究所の所員はみんな、軽のスポーツカーが作りたかったんですよ。人気投票で軽スポーツの企画しか残らなかったということは。
――他の2案と椋本さんの案では、何が違ったんですか?
椋本:他の案には、新技術の導入とか、詳細なスペックとかがきっちり書き込んであったのに対して、僕の案は漠然としたものでした。目新しいものは何もないし、内容も「こんなんでいいのかよ?」っていうくらい薄かったと思います。その代わり、このクルマに込めた思いだけは、とにかく強くうたったんです。
自分たちの世代がホンダから離れている、ホンダがそういう人たちから離れているということを、当時の僕はすごく感じていました。でも、自分たちがあこがれていた頃のホンダは、とにかく元気で、若い人たちに積極的に選ばれるブランドだったはずなんです。だから「今あらためて、自分たちの世代が欲しいと思えるクルマを作ろうぜ」という、中身はないけど思いはMAXな企画書を出してみたんです。そうしたら、(所員投票の)得票数がぶっちぎりの1位でした(笑)。
坂元 玲氏(以下、坂元):椋本の案には、みんなが想像できる空白の部分があったんです。他の2案は詳細なスペックがあって、キレイなイラストもあったんですが、他の所員が夢を膨らませられる余地がなかった。そこが共感を得にくかったんだと思います。
――なるほど。ところで、椋本さんは今26歳ですか。
椋本:はい。6月で27歳になります。
――やりにくくはなかったですか? 他のメンバーはほとんど年上ですよね?
椋本:確かに自分が最年少ですが、どうでしょう。チーム内で意思疎通ができるかについては、年齢はあんまり関係ないんじゃないかと思います。
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なにはともあれ話し合い
椋本:もちろんジェネレーションギャップはあります。50代のメンバーに「このチームって『アパッチ野球軍』みたいだよね!」と言われてもなんのことだか分からなくて、30代のメンバーに「『ROOKIES(ルーキーズ)』みたいなもんだよ」と教えてもらったりして。
でも、スポーツカーの話になると通じるんですよ。大事なのはやっぱり、クルマが好きかどうかだと思うんですよね。それに、クルマ好きの人は年をとっても心が若いですよ。うちのチームもLPL代行の3人は50代なんですけど、みんな若々しくて、僕の世代ともちゃんと話が通じていますから。『アパッチ野球軍』のネタを除いては(笑)。
――坂元さんはいかがですか? 椋本さんに対して「こいつ、分かってないな!」と思うことはありませんでしたか?
坂元:技術の話で言ったら、それは当然ありましたよ(笑)。実際、それは違うと思ったら、みんな椋本に「そうじゃないだろう」って言っていましたし。
椋本:だから、普通だったらカリスマLPLが「よっしゃ、みんな俺についてこい!」と言って引っ張っていくんでしょうけど、僕はそれができないんですよ。経験もないし。だから、みんなで作り上げていくしかない。
僕が「こんな感じかな?」と提案したものを、徹底的に議論するのがうちのチームのやり方なんです。ミドシップだタルガだというクルマそのもののこともそうですし、「楽しいってなんだろう?」とか「愛ってなんだろう?」とか……。
――愛ですか?
椋本:クルマって、趣味性の高い製品じゃないですか。世の中に「愛○○」なんて呼ばれるものはそんなにないけど、マイカーは「愛車」って呼ばれたりしますよね。「じゃあ愛ってなに?」と、「やっぱり愛ってすげえんじゃねえか?」と、完成車性能の岡(シャシー担当の岡 義友氏)が言ったりするんですよ(笑)。それを、「このテストドライバー、何の話してんだろう?」って思いながらも、みんなで真剣に議論して、どんどん練り上げていくんです。そうした作業を長い時間かけてやったものだから、メンバーの間でぶれないコンセプトが共有できたんだと思います。
――そのコンセプトというのが……。
椋本:「痛快ハンドリングマシーン」です。ちょっと80’sな響きかもしれないですけど。少なくとも21世紀っぽくないですよね。
坂元:まあね(笑)。
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「ボディーに対する思いが弱い!」
椋本:でも、うちのチームの中では「痛快!」って呼びかけると「ハンドリング!」って返ってくるくらい、このキーワードが定着しているんです。それも、テストドライバーや設計だけじゃなくて、例えば電装領域やインテリアのメンバーまで、みんなに。
ちなみに、この「痛快ハンドリング~」という言葉を作ったのが、さっき話した岡と、ここにいる坂元なんです。坂元は、今は衝突安全のプロジェクトリーダーを担当しているんですけど、実はすごいマルチプレーヤーなんですよ。歌って踊れるアイドルならぬ、乗って作れるボディー屋です。
テストドライバーの言っていることを正確に理解できて、しかも、どこを直せばそれが改善できるかも分かるんです。
坂元と岡という、脂ののった「42歳コンビ」が若手を引っ張ってくれました。うちのチームでは、このツートップの存在が本当に大きかったですね。
――坂元さんはボディーが専門なんですか?
坂元:はい。今回はコンベンショナルな技術でどこまで行けるか、普段なら「ここまでかな」とあきらめるところを超えて、隅から隅まで神経を行きわたらせたら、どれほどのボディーができるのかを、自分の中のテーマとしてやらせてもらいました。
例えば、一本のフレームの線を引くとき、「ここにはこの部品があるから」と先に置くものを決めちゃうと、線がゆがんで、ボディーがうねってしまうんです。もちろん、常にボディー優先で設計ができるわけではありませんし、仕方ない場合もあるんでしょうけど、自分に言わせれば、やっぱりボディーに対する思いが弱いからそうなっちゃうんじゃないかなと(笑)。
「曲がっちゃったところは強度が弱いんです」「じゃあ補強しよう」じゃなくて、最初から真っすぐにしておけば、その補強いらないだろう、同じ強度で板厚を薄くできるだろうと。
椋本:坂元は、ボディーを作る若手のエンジニアに「“気持ち”でウェイトダウンだ!」と言って、みんなをポカーンとさせたことがあるんです。「この人、何言ってるんだ?」と(笑)。
――先ほどお話に出てきた、岡さんと一緒ですね(笑)。
椋本:でも、S660では本当にそれが実現できたんですよ。
本当にユーザーに届けたいもの
椋本:僕らは、実際には出来上がったクルマをお客さまに提供することしかできないんですけど、一番届けたいと思っているのは、スポーツカーのある楽しい暮らしなんですよね。
スポーツカーってどうしても現実味が感じられなくて、すごく遠い存在だと思われがちじゃないですか。でも、朝起きてカーテンを開けて、駐車場にスポーツカーがあったらそれだけでうれしいでしょう? スポーツカーがあることで毎日がもっと面白くなる。そこが重要なんですよ。
スペックなんて実はどうでもいいんです。スポーツカーというものがすごく身近で、自分を高めてくれる乗り物なんだということを、もっと伝えていかなきゃいけないと思うんです。
――そんなスポーツカーの中でも「ここはライバルに負けない」というS660の強みはありますか?
椋本:クルマと一体になれるシンクロ感です!
……そう答えておいてなんなのですが、実をいうとライバルと比べてどうとか、あんまり考えたことがないんです。確かに言いやすいんですよね。「他車に比べてここが勝ってます。だからいいクルマなんです」って。でも、それってホントかな? と。
クルマは自分たちが立てたコンセプトに基づいて作るものですから、それぞれに「僕らはここで頑張ります」という本領があるのが当たり前だと思うんです。
みんなちがって、みんないいんですよ。金子みすゞ風に言うと(笑)。
それに、今こうして出来上がったクルマを見ると、S660にはS660ならではの世界観みたいなものがある気がするので。
――世界観と言いますと?
椋本:内輪の話で恐縮なんですけど、うちのメンバーはみんな個性的なんです。ミニ四駆をいじりながら焼酎を飲むのが生きがいの人とか、毎日違うスニーカーをはいてくる人とか(笑)。でも、意外にも共通していたのが、みんな音楽が好きということだったんです。先週もライブハウスを借り切って、遊んでいたんですよ。
なんというか、S660にもそういうメンバーの感覚が表れている気がするんですよね。今にして思うと。
坂元:例えばゴルフだと、個人競技で、打数っていう数字の勝負になるじゃないですか。でも音楽ってノリを楽しむものでしょう? S660にもそういう部分が出ちゃってるんじゃないかなあと。みんなの趣味がゴルフだったら、全然違うクルマになっていたと思いますよ(笑)。
椋本:だからS660に乗る人には、スペックや言葉に表れない、このクルマならではのノリとかグルーヴ感も楽しんでいただけたらいいなと、そんなふうに思っています。
(インタビュー=下野康史<かばたやすし>/まとめ=webCG 堀田剛資/写真=田村 弥、webCG)

下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。