ポルシェ・マカン ターボ(4WD/7AT)
アンビリーバブルな乗り物 2015.05.14 試乗記 3.6リッターV6ツインターボエンジンを搭載する「ポルシェ・マカン」の最上級グレード「マカン ターボ」に試乗。400psのパワーとポルシェ自慢の制御デバイスが織りなす走りを試す。予想をはるかに超えている
以前、ここで素の「マカン」の試乗記を書かせていただいた際、その圧倒的な剛性感と正確な操縦性に感心はしつつも、どこかテンションが上がらず冷めた気分に終始したことを、ここに告白しておく。
たった(!)237psの4気筒ターボのマカンでは、あまりに余裕しゃくしゃくのシャシーファスターっぷりと、それゆえの落ち着き払った快適さで、ポルシェだのスポーツだのという以前に「普通にいいクルマだなあ」という印象が常に先行したからだ。そして、素マカンの試乗記には「このクルマに、高出力ターボやシャシー関連のハイテク装備を組み合わせたら、さぞ信じがたいレベルの高速運動体になることだろう」といった主旨のことも書いた。
今回、そのマカン ターボの試乗を編集部にかなえてもらったのだが、素マカンのときの予測は、果たして、そのとおりであった。しかし、それは私のつたない予測をはるかに超えていた。これはすごいクルマだ。
マカン ターボの本体価格は大台一歩手前の997万円で、「マカンS」より278万円、素マカン比では実に381万円も高価。今回の試乗個体はさらに合計200万円以上のオプションが装着されていた。外板色(ロジウムシルバーメタリック)とベージュのレザー内装だけで43万6000円という価格にもギョッとするが、マニアとして注目すべきは26万8000円のエアサスペンション(可変ダンパー付き)と、27万1000円の後輪左右トルク配分機構「ポルシェ・トルクベクトリング・プラス」(PTVプラス)だろう。
ポルシェのトルクベクトリング(PTV)には2種類あって、素のPTVはいわゆる簡便なブレーキLSD的なもの。今回のマカン ターボに使われるPTVプラスは外輪に増速機能が付く正真正銘のトルクベクトリング機能である。
これこそ本当のマカンの姿
マカン ターボは乗った瞬間からタダモノではないオーラを放つ。パワステは「911」より重いんではないか……というくらいズシリとした手応え。V6ターボはスタートした瞬間からズボボボと迫力の音だ。
テスト車のタイヤはオプションの21インチというなかなか強烈なもので、リアルタイム可変ダンパーの「ポルシェ・アクティブサスペンション・マネージメントシステム」(PASM)を最も柔らかいノーマルモードにしても、くたびれた路面ではドスドスという上下動はある。しかし、車体はとにかく硬質でミシリともいわず、高速では矢のようにまっすぐ走る。ステアリングは“敏感”ではなく、真の意味で“鋭い”。まさに手首のわずかな動きにも正確に反応する。今回は「スポーツクロノ・パッケージ」(19万5000円)も備わっていたので、モードによってスロットル特性も変わっているはずだが、どのモードでも過剰な演出感はほとんどない。ステアリングもパワートレインも、まさにリニアの権化である。
素マカンの記憶をたどれば、こうした手応えや剛性感は基本的にマカン本来のものだが、 ターボの底知れぬパワーを秘めた凝縮感というか、内側からパンパンに張った筋骨感は素マカンの比ではない。マカン ターボにはどことなく、すべてが元サヤというか、これが本当のマカン……と主張しているかのごとき、おさまりのよさが歴然とある。
今回のテスト車でほぼ唯一といえるツッコミどころは、試乗車に備わっていたレザーとカーボンのコンビリムのステアリングホイール(10万4000円)である。
なるほど、これは豪華でカッコいい品なのだが、私のようにアラフィフになると、手のひらも乾燥気味となり、カーボンのリム部分は昔ながらのウッドのそれより明らかに滑りやすい。まあ、そこいらの軽いパワステなら大きな問題はなさそうだが、 今回のような本格スーパースポーツカーレベルのパワステとなると話は別。カーボンステアリングに興味があるなら、オーダー前に自分の手で確かめる機会を確保したほうがよい。
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ワインディングロードで輝く
このクルマのすごみを最も感じられるのは、ワインディングロードである。もっといえば、できるだけ道幅がせまく、アップダウンが激しく、コーナーが複雑で、曲率がキツいほうがいい。
マカン ターボのエンジンはマカンSと同じくV6ツインターボだが、Sの排気量が3リッターなのに対して、ターボは3.6リッター。400ps/56.1kgmという最高出力/最大トルク値は、Sの約2割増し、素マカン比では実に5割増し以上である。
にもかかわらず、その猛烈なエンジンパワーをワインディングで見事に支配しきって走る。しかも、まるでひと昔前のラリーエボのように曲がり、その体感サイズと重量はあたかもBセグメントと錯覚させるほど小さく軽い。
素マカンより車検証の前軸重量が130kgも増しているのに、単独で乗っているかぎりはハナ先の重さなどこれっぽっちも意識させない。ステアリングを切った瞬間から、本当に切ったまま強力にノーズがイン側に引きずり込まれるのだ。ノーマルモードではそれなりに上下動があって快適だったPASM付きのエアサスも、スポーツあるいはスポーツプラスであれば、この全高1.6m超のSUVを、掛け値なしにコンパクトホットハッチのように走らせる。
しかし、PTVプラスを装着したマカン ターボの真骨頂は、こうしてステアリングを切ってヨーが発生してからである。わずかでも横Gが発生している状態でスロットルを踏みこむと、ほとんど例外なく、リアタイヤが絶妙な加減で外にはらむ。しかもそれは前方向へのトラクションと絶妙にブレンドされたキック力なのだ。
それはよくできたFRの典型のようなコーナリング姿勢なのだが、同時に前後のトルク配分も素晴らしいので、私のようなアマチュアの運転でも、リアだけが暴れるようなリスキーな姿勢になることはまずない。
物理法則を忘れさせる運動性能
こうした異次元の走りを実現しているのは、この車体とサスペンションの剛性に加えて、可変ダンパーのPASMとエアサス、そして4WDとPTVプラス……といったハイテクの数々だろう。しかし、その存在を必要以上に主張せず、乗っている人間に自分の運転がうまくなったかのように錯覚させる。私がこれまでに経験した同種技術のなかでも、マカン ターボのそれが、最も黒子に徹した仕立てといっていい。キツネにつままれたような自然さである。
ハイパワーなターボエンジンもあくまで扱いやすく、“パワーバンド”を特に意識せずとも、シフトパドルをテキトーにはじいていれば事足りる。いやホント、とんでもなく速くて、ありえないくらいに軽快な走りだが、同時にその運転はまったくコツいらずで、そして安全なのである。
「カイエン ターボ」もありえないくらいの運動性能を発揮するが、実際にはその重さや重心高を意識させられて、それに合わせたドライビングを要する部分は残る。しかし、より小さく軽く、そして明らかに低重心のマカン ターボは、もはや地球に重力の法則など存在しないかのような、アンビリーバブルな高速運動体になった……と断言していい。
この異次元の速さと運動性能を味わうには、少なくともエアサスペンションとPTVプラスと21インチタイヤは装着する必要があるだろう。そうすると価格は1100万円に近くなり、完全に911の領域に足を踏み入れることになる。
もちろん、マカンがいかに高性能になっても911にはなれない。しかし、今回のほぼフルオプションのマカン ターボと素の「911カレラ」を乗り比べたとすれば、おそらく10人中9人は、マカン ターボのほうが乗りやすいと感じて、圧倒的に速く走れるはずである。
(文=佐野弘宗/写真=向後一宏)
テスト車のデータ
ポルシェ・マカン ターボ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4700×1925×1625mm
ホイールベース:2805mm
車重:1980kg
駆動方式:4WD
エンジン:3.6リッターV6 DOHC 24バルブ ツインターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:400ps(294kW)/6000rpm
最大トルク:56.1kgm(550Nm)/1350-4500rpm
タイヤ:(前)265/40R21 101Y/(後)295/35R21 103Y(ミシュラン・ラティチュード スポーツ3)
燃費:8.9-9.2リッター/100km(約10.9-11.2km/リッター、欧州複合モード)
価格:997万円/テスト車=1226万2000円
オプション装備:ボディーカラー<ロジウムシルバーメタリック>(16万3000円)/ナチュラルレザーインテリア<ルクソールベージュ>(27万3000円)/アルミルック燃料タンクキャップ(2万4000円)/カーボンサイドプレート(11万1000円)/ポルシェ・ダイナミックライトシステムプラス(8万8000円)/エアサスペンション(26万8000円)/ポルシェ・トルクベクトリング・プラス(27万1000円)/スポーツクロノ・パッケージ(19万5000円)/21インチ911ターボデザインホイール(51万9000円)/カラークレスト ホイールセンターキャップ(3万円)/フロアマット(2万2000円)/シートヒーター<フロント>(7万円)/カーボン3本スポーク・マルチファンクションステアリングホイール<ヒーター付き>(10万4000円)/カーボン・インテリアパッケージ(15万4000円)
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:1万777km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(7)/山岳路(2)
テスト距離:679.0km
使用燃料:102.1リッター
参考燃費:6.7km/リッター(満タン法)/6.9km/リッター(車載燃費計計測値)
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佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。