リマスター版でよみがえった伝説のソ連映画

最後に紹介するのは新作ではない。『モスクワは涙を信じない』は1979年の作品で長らく映像ソフトを入手できない状況が続いていたが、このほどリマスター版が発売された。大好きな作品のことを書けるようになって、とてもうれしい。

映画の舞台となるのは、1958年のモスクワである。スターリン批判の2年後だが、冷戦下で厳しい統制が敷かれていた時代だ。工場で働く赤江珠緒顔のカテリーナは、リュドミラ、アントニナと寮の同室で暮らしている。若い3人が男性との出会いを求めるのは自然なことだ。最初に伴侶を見つけたのはアントニナだ。夫となるニコライは郊外にダーチャ(別荘)を持ち、自家用車の「モスクビッチ400」も所有している。面白みのない男だが、そこそこ余裕のある暮らしをしている。

肉食系女子のリュドミラは、自分を大学教授の娘と偽ってパーティーを開き、アイスホッケーのスター選手セルゲイをゲットする。付き合わされたカテリーナはTV局に務めるルドルフと恋に落ち、妊娠。しかし、ただの工場労働者であることがわかると彼は去ってしまう。

ここで第1部が終わり、いきなり20年後に飛ぶ。すくすくと育った娘アレクサンドラを起こし、カテリーナはさっそうと出勤する。以前のようにバスに乗るのではなく、「VAZ-2103」に乗っていくのだ。「フィアット124」をベースにした乗用車で、社会的なステータスがなければ持つことはできない。優秀な労働者だった彼女は、3000人の部下を持つ工場長に出世していた。

彼女には不倫相手はいたが、心は満たされない。電車の中で出会ったカマキリ眉毛の男ゴーシャ(アレクセイ・バターロフ)は、交際0日で結婚を申し込むという山本耕史ばりのストーカー体質だった。得てしてそんな男が幸福を運んでくる。2人は行き違いから別離の危機を迎えるが、ニコライがいい働きをする。20年たってもモスクビッチに乗り続けている実直な男なのだ。

この映画は、ずばぬけた傑作とは言いがたい。話はありがちなメロドラマでご都合主義だし、カメラワークは雑だ。しかし、観た後で心に潤いが生まれる愛すべき作品である。ソ連という特殊な国の映画であっても全世界の女性の心をつかみ、アカデミー外国語映画賞を受賞している。ちなみに、監督のウラジーミル・メニショフとカテリーナ役のヴェーラ・アレントワは、映画製作後に結婚した。今も存命で、ロシア映画界きってのおしどり夫婦だ。

(文=鈴木真人)

『モスクワは涙を信じない』DVD
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「VAZ-2103」
ソ連の自動車会社アフトワズが1970年代から80年代にかけて生産していたコンパクトセダン。「フィアット124」のOEMで、ソ連と東欧で販売された。後に「ラーダ1500」の名で西欧諸国にも輸出されている。写真はベースとなった「フィアット124スペシャル」。
「VAZ-2103」
    ソ連の自動車会社アフトワズが1970年代から80年代にかけて生産していたコンパクトセダン。「フィアット124」のOEMで、ソ連と東欧で販売された。後に「ラーダ1500」の名で西欧諸国にも輸出されている。写真はベースとなった「フィアット124スペシャル」。
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鈴木 真人

鈴木 真人

名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。

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