でしゃばらない、いいクルマ

他ブランドとフォードの違いを語るのに最もふさわしいのは、レストランの例えだろう。

「ウチ秘伝のソースは、こうやって作ります」と自慢話を披露するシェフの姿は、ショーとして見る分には楽しい。一方、優秀なウエーターは控えめなものだ。食事中の客を見ていないようで見ていて、上げ膳・下げ膳の的確なタイミングを心得ている。客同士の会話も妨げない。 

クルマでいうなら、プレミアムカーの大半は前者、フォードは後者だと思う。レンタカーのフォードで旅を共にしたあと、前述のようにクルマの印象は薄い。しかしそのぶん途中で訪れた街、出会った人といった、旅本来の大切な事象がしっかり脳裏に焼きつく。「でしゃばらないクルマ」なのである。

蛇足ながら、映画『ロリータ』(1997年版)で、英国人フランス語教師ハンバートが少女ロリータと旅に出るときに乗っていたのは、1939年の「フォード・デラックス」だった。ウッドパネルこそ貼られていたが、それを除けば質実剛健の一語に尽きるモデルだ。もしあのクルマが地味なフォードでなかったなら、彼らの“破滅に向かう放浪の旅”は、スクリーンの中で引き立たなかっただろう。

クルマ本来の価値を保ちながら、惜しくも往年のブランド力を失ったフォードの日本撤退は、この国では、いまだにクルマの評価軸が車両そのものではなく、ステータスシンボルとしての価値にあることを示しているのではないだろうか。そうした意味で、フォード車の存在は、日本人の自動車に対する“オトナ度”を計るリトマス試験紙のようなものだったのかもしれない。

(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>、フォード)

2代目「フォードKa」。映画『007 慰めの報酬』では劇中車としても活躍した。
2代目「フォードKa」。映画『007 慰めの報酬』では劇中車としても活躍した。 拡大
2代目「フォードKa」(写真左)は「フィアット500」(同右)と姉妹車であり、生産工場もFCAのポーランド工場を借りて生産されていた。
2代目「フォードKa」(写真左)は「フィアット500」(同右)と姉妹車であり、生産工場もFCAのポーランド工場を借りて生産されていた。 拡大
「フォード・フィエスタ」
「フォード・フィエスタ」 拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。19年にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも怪気炎をあげている。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など著書・訳書多数。YouTube『大矢アキオのイタリアチャンネル』ではイタリアならではの面白ご当地産品を紹介中。

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