横断歩道の白線転じて薫製鮭

元・鉄道施設の面影が今も残る会場には、生ハム、フレッシュチーズ、そしてワインなどの製造業者が、えんえんとスタンドを連ねている。そうした中でスモークド・サーモンを扱う、あるスタンドがあった。商品を切り分けるデモンストレーターを撮影していると、やがて試食をすすめられた。口にしてみると、身の締まりといい、とろみの加減といい絶妙だ。
「いかがですか?」という声に気づいて振り向くと、にこやかな笑顔を浮かべる紳士が立っていた。
「これは今週の月曜日に水揚げされたばかりの鮭です」という。ちなみに今日は土曜日である。
ブランド名は「アップストリーム」。「鮭が産卵のため、生まれた川に遡上(そじょう)するのにちなみました」と氏は説明する。

会社の所在地を見ると、モデナやマラネッロと同じ北東部エミリア-ロマーニャ州の、パルマからの出展である。パルマはハムやソーセージでは有名だが、海はもちろん鮭が上ってくるような川はない。
すると氏は「実は私には、もうひとつの顔がありまして……」と言いながら、1枚の名刺を取り出した。
彼の名前はクラウディオ・チェラーティ氏。パルマで横断歩道の白線引きなど業務用スプレーガンの製造・販売会社を30年にわたって経営している人だった。後日、会社概要を見ると、機器の使用法指導まで行っている。クルマとは、さほど遠くない世界の人だった。

なぜ鮭を?
「本業の傍らで」と、チェラーティ氏は語る。「休日に、鮭の漬け方と薫製法をいろいろ工夫しているうちに、友達から『お前、これはいけるぞ』とウケてしまいましてね」
試行錯誤を重ねること数年。「好き」をもうひとつの仕事にしてしまった。3年前のことだ。本社所在地はスプレーガンの会社と同じである。

チェラーティ氏が使う鮭は、デンマークの自治領であるフェロー諸島で水揚げされたものだ。その後、彼が古典的手法をもとに考案したメソッドに基づき、海塩と砂糖のみで漬ける。
薫製には地元パルマのアペニン山脈で収集したブナの木を使うという。煙の温度は熱いのがいいのか? と思いきや、20度でじっくりと燻(いぶ)すのがいいらしい。

駅時代を物語る長大な屋根が続く。
駅時代を物語る長大な屋根が続く。 拡大
今回の「テイスト」には340の出展者が軒を連ねた。これはパルマを本拠とするプロシュートクルッド(生ハム)工房「カーザ・グラツィアーノ」。
今回の「テイスト」には340の出展者が軒を連ねた。これはパルマを本拠とするプロシュートクルッド(生ハム)工房「カーザ・グラツィアーノ」。 拡大
「カポーニ」は、ベスパ・スクーターの故郷でもあるピサ県ポンテデラの高級パスタ工房。
「カポーニ」は、ベスパ・スクーターの故郷でもあるピサ県ポンテデラの高級パスタ工房。 拡大
食材以外にテーブルウエアも。これはフィレンツェの隣町プラトにあるテーブルウエアブランドのブース。ナイフ、スプーンそしてフォークをプリントしたランチョンマット。
食材以外にテーブルウエアも。これはフィレンツェの隣町プラトにあるテーブルウエアブランドのブース。ナイフ、スプーンそしてフォークをプリントしたランチョンマット。 拡大
突如、スモークド・サーモンを切り分けているスタンドを発見。
突如、スモークド・サーモンを切り分けているスタンドを発見。 拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。21年にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも怪気炎をあげている。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など著書・訳書多数。YouTube『大矢アキオのイタリアチャンネル』ではイタリアならではの面白ご当地産品を紹介中。

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