EVのような筆記具

子供時代に、かように自由な筆記具選びができなかったボクであるから、その反動もあって、大人になってからは、各地でさまざまな筆記具を心おもむくままに買い、ともに暮らしてきた。

5年前から愛用しているのは、パーカーの「インジェニュイティ」である。万年筆とローラーボールを合わせたような新製品だ。
このインジェニュイティ、何がありがたいかというと、飛行機に乗ったときに、従来の万年筆特有の「気圧変化によるインクもれ」がないことである。あれで何回、旅先で手を汚してきたことか。

発売されてすぐ、パリの百貨店BHVで手に入れた。元手は、昔親からもらった万年筆をリサイクルショップに出して確保した。
そうして手に入れたものではあるが、いくつか残念な点があった。まず書ける“距離”が少ない。その点は東京の文房具店の人も認めていた。金属製のリフィル(替え芯)は、インク残量が目視できない。そのため、人前で契約書――自動車の購入しかり、住宅の賃貸しかり、こちらの契約書は、サインする数が半端ではない――にサインをしている途中でインクが切れてしまい、仕方なく相手のオフィスに転がっているボールペンを借りたことが何度となくあった。
得意顔でスーパーカーで流していたけれど途中で燃料切れを起こし、代車の軽トラで帰ってきたような気分になったものだ。

その後、大事な席の前には、リフィルを使いかけでも交換しておくことにした。そのため使いかけリフィルが何本もたまってしまう。
インジェニュイティのリフィルは、日本円にして1本1000円近くする。いいクルマは交換部品が高いのと似ている。ボクが住むイタリアの地方都市ではまったく売っていないので、パリや日本でまとめ買いしておく。ボクの場合、消費するのは年に2本といったところだ。

それでも、普通の万年筆にはないモダンなボディーは、十分魅力的だ。「デザインは革新的だが、走行距離が少ない」とは、なんともEVのようでもある。

新時代の筆記具の名のもとに登場した、パーカーの「インジェニュイティ」。
新時代の筆記具の名のもとに登場した、パーカーの「インジェニュイティ」。 拡大
ドイツ・フランクフルトの筆記具店、ハイツマンの店頭。モンブランの万年筆をかたどった看板が目を引く。
ドイツ・フランクフルトの筆記具店、ハイツマンの店頭。モンブランの万年筆をかたどった看板が目を引く。 拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。21年にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも怪気炎をあげている。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など著書・訳書多数。YouTube『大矢アキオのイタリアチャンネル』ではイタリアならではの面白ご当地産品を紹介中。

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