“人生初の原稿”と再会

松井氏のコレクションには、「日産オースチンA50ケンブリッジ」、初代「三菱デボネア」といったレア車が山のようにある。本欄で筆者が時折採り上げてきた幻のマツダ車「ロードペーサー」まであった。

気になるお値段だが、松井氏は、ほとんどに1万円札でおつりが来る値札をつけている。儲けよりも、シガレットケースをねたに咲く、来場者との話を楽しんでいるようだった。故・本田宗一郎の縁戚でもあるという松井氏は、極めて純粋なクルマ好きと察した。時間があれば筆者自身も、氏の営業妨害になるくらい、一台一台の話で盛り上がりたかった。

「チャイナタウンでよろめいて」は往年のアイドル相本久美子が1979年にリリースした持ち歌だが、チャイナタウンがある横浜で、シガレットケースによろめいてしまった筆者であった。もし、イタリア帰りのスーツケースに空きスペースがあったら、どれかひとつ買って帰りたかった。

実はそのワンダーランドマーケットで、もうひとつうれしかったことがある。
会場の入り口付近に並んでいた『モーターマガジン』誌だ。緑の「フィアットX1/9」が表紙の、1978年10月号である。
手にとって、無我夢中でページをめくる。あった、中学1年だった筆者が投稿したイラストが。いわば、生まれて初めて自動車雑誌に採用された“自分の原稿”である。

思い起こせば、日ごろあまり親しげな会話を交わさなかった亡父が、そのときばかりは町の書店でモーターマガジンを何冊も買ってきて、親戚一同に配ってまわったものだ。ボクとしては小っ恥ずかしかったが、今考えると、親としてはうれしかったのだろう。

すでにイタリアに住んで20年になるボクだが、日本は訪れるたび、いつも新しいモノと古いモノ、そして感傷と楽しさが入り交じる。それも自動車に対する長年の興味のおかげといえる。

(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

「ワンダーランドマーケット」の会場入り口付近で販売されていた『モーターマガジン』1978年10月号。
「ワンダーランドマーケット」の会場入り口付近で販売されていた『モーターマガジン』1978年10月号。 拡大
『モーターマガジン』のバックナンバーを販売していたのは、笠倉出版のブース。同社の加藤氏と出版物『欲しい! 大人のミニカー』。
 
『モーターマガジン』のバックナンバーを販売していたのは、笠倉出版のブース。同社の加藤氏と出版物『欲しい! 大人のミニカー』。
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筆者が中学1年生のとき投稿したイラストが載っていた。当時日本車の中でとりわけ「安全」を売りにしていた「トヨタ・コロナ」にかけたもの。
筆者が中学1年生のとき投稿したイラストが載っていた。当時日本車の中でとりわけ「安全」を売りにしていた「トヨタ・コロナ」にかけたもの。 拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。19年にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも怪気炎をあげている。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など著書・訳書多数。YouTube『大矢アキオのイタリアチャンネル』ではイタリアならではの面白ご当地産品を紹介中。

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