気分は『007 ゴールドフィンガー』

ひと晩明けて、例のコンクール・デレガンスの会場に顔を出す。
ロールス・ロイスの現行モデルが展示されたテントの前を通ると、スタッフが声をかけてきた。「昨日は試乗のお誘いをいただいていましたのに……」というと、「今日も引き続きテストドライブを実施していますから、ぜひ乗ってみてください」と勧める。郊外も含め、30分程度ドライブできるという。

思えば、常に自動車に近いところで仕事をしてきたにもかかわらず、ロールス・ロイスを運転したことはない。ボクの経験では、楽器を習う以上に難しい操作が必要なクルマなんて存在しないはずだ。そこに、イタリア人の知人が通りかかり、「ボクも昨日、ロールス・ロイス運転しちゃった」と自慢げに話したこともあって、ようやく興味がわいてきた。

スタッフは、「ただいま『ファントム ドロップヘッドクーペ』と『ドーン』のご用意があります」という。ボクは、より新しいドーンに乗せてもらうことにした。
クルマは会場と道をはさんだ林の中で待っていた。ドーン(欧州仕様)の全長5285mm、全幅1947mmというサイズは、東京時代のボクが乗っていた「ビュイック・パークアベニュー」とあまり変わらない。しかし、サイズ以上の威容と感じさせるのは、そのスクエアなボディースタイルゆえだろう。

V型12気筒6.6リッターターボエンジンは、威厳に満ちたボディーとは対照的に、さらさらと小川が流れるがごとく上品に回っている。昔のロールス・ロイスでよく行われていたように、カムカバーの上にコインが立つか試してみたいな、などと考えていたら、車内へと案内された。いきなりドライバーズシートである。
「ドアの閉め方は、こうです」と教えられるままAピラー付近の室内ボタンを押すと、ドアは自動で閉まった。それはそうだ。同じ前開きドアでも、往年の「フィアット500」や「スバル360」の初代モデルとは違い、ドーンのものは巨大である。アシストなしには手が届かないのである。

シートに座って見回すと、試乗車の助手席側Aピラーには小型カメラが据え付けられている。盗難防止用か、待機職員との連絡用か、はたまた顧客がしゃべる感想の記録用か、聞き忘れてしまった。難しいレクチャーがあるのかと思いきや、説明されたのは、ステアリングコラム右側から生えたATセレクターレバーをDモードに入れる方法だけだった。

ボクがロールス・ロイスを運転する姿は、まるで『007 ゴールドフィンガー』で1964年「ファントムIII」を黙々と運転する日系俳優ハロルド坂田扮(ふん)する執事ではないか。そういえば、あれはスイスが舞台だった……。そのイントロにおけるトランペットを頭の中に響かせながら、アクセルペダルを踏んだ。

林の中、荒れた未舗装路を、ドーンは粛々と動き出した。一般道に出ようとすると、長いフロントフェンダーの前端左右に埋め込まれたカメラが、合流道路の死角になる部分をディスプレイに映し出した。もちろんバーズアイ・ビューもある。「へえー」と感心して見ていると、助手席のスタッフから「大変有効な装備ですが、必ず目視してください」と教育的指導が入った。

「コンクール・デレガンス・スイス」における、ロールス・ロイス部門のクラスウィナーの表彰。
「コンクール・デレガンス・スイス」における、ロールス・ロイス部門のクラスウィナーの表彰。 拡大
テストドライブに供されていた「ロールス・ロイス・ドーン」(写真左)と「ファントム ドロップヘッドクーペ」(右)。
テストドライブに供されていた「ロールス・ロイス・ドーン」(写真左)と「ファントム ドロップヘッドクーペ」(右)。 拡大
「ドーン」のコックピット。ホーンボタンの周りに見えるスイッチは、戦前モデルの点火時期調整スイッチを思わせる。慣れればオーディオ等の操作に便利なのだろうが、試乗中は、ついぞ使うことはなかった。
「ドーン」のコックピット。ホーンボタンの周りに見えるスイッチは、戦前モデルの点火時期調整スイッチを思わせる。慣れればオーディオ等の操作に便利なのだろうが、試乗中は、ついぞ使うことはなかった。 拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト。国立音楽大学ヴァイオリン専攻卒にして、二玄社『SUPER CG』元編集記者、そしてイタリア在住21年と脈絡なき人生を歩んできたものの、おかげで妙に顔が広い。今日、日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして執筆活動に携わると共に、NHKラジオフランス語テキストでも活躍中。10年以上にわたるNHK『ラジオ深夜便』レギュラーリポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも奮闘している。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『カンティーナを巡る冒険旅行』『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(ともに光人社)、電子書籍『イタリア式クルマ生活術』(NRMパブリッシング)など数々の著書・訳書あり。

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